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「うん。アルトちゃんの推測で間違いなかったよ」  宿から少し離れた大衆食堂。  店の奥席で待っていたアルトたちに、エイシスが席に着きながら調査結果を伝えた。  テーブルには、鮭のムニエル。鮭はステーキと呼べるほどに肉厚の鮭を輪切りにしてグリルし、エクルビスソースで供された。エクルビスとは、ザリガニのことだ。 「しかし、参ったぜ。こんな町で暗号解読をやらされるとはな」  一緒に調査に向かったギブリが、リゼのとなりにどかりと座る。 「あのメモ、暗号だったの?」 「おいおい。リゼ。他に何があるんだよ」 「ギブリも、目的地に着いた途端『これ、暗号だったのかよ』って言ってなかったっけ」 「エイシス。それ言うなよ」  ギブリが不平を言った。その肩にリゼが拳をぶつける。  エイシスが鮭のムニエルを口に入れながら、  「最初の4文字が難物だったね。あの意味を正確に理解できるかが、この手紙のカギになってたんだ」 「[4CFL]。これなんのことだったんだ?」ジュークが尋ねる。 「ダイヤモンドのことさ」 「うっわ。いきなり意味不明なんですけどぉ」リゼが思わずのけ反った。「先輩。解説、お願いしゃっす!」 「そうだな。とりあえず、[4C]と[FL]、そして[いなご豆]を分離して説明するよ」 「いや、何か一つ増えてるんですが」  げんなりする後輩に、エイシスは気楽に微笑んで、鮭のムニエルを口に入れる。 「うん。まず[4CFL いなご豆]をひと括りにして、ダイヤモンドだってことから説明した方がいいか」  そこでじれったくなったのか、アルトが挙手して言った。 「4Cとは、ダイヤモンドの品質を示す。重さ[Carat]、色[Collar]、透明性[Clarity]、研磨[Cut]のことです。  そしてFLとは、透明性の最高ランクを示す[FlawLess(完璧)]のことで、10倍に拡大しても石の外部と内部ともにキズや内包物がない清澄な品質を言います」 「へえ……、そうなんですか?」リゼが令嬢から先輩へ顔を流す。 「うん。そうだね」  エイシスは苦笑すると、令嬢にうなずきかけて続きを促す。  アルトはさらに目をキラキラと輝かせて解説を続けた。 「いなご豆というのが決定的で、ダイアモンドの重さを量る時に使われた豆なんです」 「へえ。ダイヤモンドって、豆で重さ計ってるんだ」 「いなご豆は、乾燥させると不思議なことにどの豆を選りすぐっても、一粒の重さがほぼ変わらない。と大昔は信じられていたんだよ」  と、エイシスが補足する。  アルトはウキウキとした笑顔でうなずく 「その重さが0.2gになります。でも、実際はそんなことはありません。ただ、これがダイアモンドの重量単位カラットの語源となります」 「ふうん。それで、その重さになんか意味あるの?」 「重さというか、その数字ですね。0.2gに、FLの10倍すると2g。これが宿にあった地図の図郭線座標[2-g]を現しています」  でもさ。ジュークが口を(はさ)んだ。  「この二つだけでダイアモンドって判断できたわけじゃねーだろ? なんか他にヒントがあったんじゃねーのかよ」  アルトとエイシスはお互いに顔を見合わせて楽しそうに笑う。 (むっ、ムッカつくんだけどぉ!)  ジュークがギリギリと歯を軋ませながら、テーブルを叩く。 「だから、どういう意味なわけ?」 「このディオル=レアンという土地柄だよ」 「土地柄?」 「きみも聞いたことない? この町である王様がダイアモンドにまつわる騒動を起こしたこと」 「はぁん? ある王様って……」  ジュークはイライラと思考を巡らせていると、 「デミリオⅤ世の〝摂政王冠事件〟のことらしい」  ギブリが仕方なく教えてくれた。  摂政王冠事件。  今から70年ほど前。デミリオⅤ世がまだデュラルサス公とよばれ、王位継承権第3位だった頃のことだ。  デミリオⅣ世が幼いわが子を残して崩御。その遺言で、わが子コンフォードⅡ世として即位することを指示した。その時、摂政に指名されたのが、デュラルサス公だった。  彼は、コンフォードⅡ世の戴冠式の3日前に、ここディオル=レアンで当時国内最大と言われる140カラットのダイアモンドを落札した。  その大きさは戴冠式にかぶる冠にふさわしいと国家予算で。つまり、彼は次期国王となる自分のために王冠を作ったことになる。それが議会で問題になり不敬罪で告訴された。  だが、その戴冠式の数日後に、コンフォードⅡ世がわずか9歳で崩御。彼は幸運にも判決直前に国王に就任することになった。 「よっぽど王様になれることが、嬉しかったのね」  リゼが皮肉な笑みを浮かべた。 「嬉しいからって、国の予算で自分用の宝石買うとかどんだけだよ。そうだ、デミリオⅤ世。思い出した。たしか〝迂闊(うかつ)王〟とか言われてなかった?」  ジュークが言うと、アルトが楽しそうにうなずいた。  エイシスもパンをちぎりながら微笑して、 「もっとも、デミリオⅤ世はそのダイアモンドをあしらった王冠をかぶることはなかったけどね」 「なんで?」  ジュークが怪訝そうに目を向ける。 「彼は、自分の不敬罪裁判で、ダイアモンドを持ち主に返還償金すると宣誓してしまっていたんだ。それは国王に就任したあとも、有効だったわけさ」 「ふーん。じゃあ。そのダイアモンドを、ここで買ったんか」 「そう。だから、そのエピソードを踏まえた上でダイアモンドにちなんだ単語の配列だと誘導させる意図と判断するほかなかったわけさ。ね、アルトちゃん」 「はい。いなご豆がなければ、ダイアモンドだとは確定できなかったかもしれませんけど」  いちいち姉貴に同意を求めんなよ。ジュークは半眼で促した。 「ふーん。それで? 次は」 「[金床は4回][娘に取次がせるな]。ですね」アルトが言った。 「娘だから、お嬢様に行かせるなってことじゃないの? やたら歓楽街に行きたがってたし」  リゼの指摘に、エイシスは顔を小さく振った。 「さっき話した地図の[2-g]というエリアに行って金床を探した」 「歓楽街だろ? 鍛冶屋があるとは思えないけど。もしかして、金床も暗号なんか?」  ジュークが言った。エイシスはうなずく。 「金床は、ドアにくっついてる」  それだけで、リゼが手を叩いた。 「あっ。それって〝ノッカー〟!?」  ドアの中程上よりに設置され、金属の銅輪でもってドアに付けた金属皿に打ち付けて屋内の家人を呼び出す道具だ。 「でもノッカーを叩いたら、娘が出てくる場所なの?」 「リゼ。歓楽街だぞ。そんなの、叩くたびに娘が出てくるぜ」 「あ、そっか……ていうか、あんた行ってるの?」 「エイシス。どうやってここを解いたんだっけ?」  ギブリはその問いから逃げ出した。  逃げ込み先にされたエイシスは肩をすくめて、 「金床がノッカーだと気づいたから、二人でその界隈をだいぶ歩かされてね。とある雑居ビル1階のドアノッカーが女性の手になってるお店を見つけた。たぶん、真鍮製かな」 「えっ、女の手っ? マジかよ」  ジュークが露骨に顔をしかめた。 「趣味悪ーい」リゼは言いつつも楽しそうだった。「それで?」 「うん。[娘に取次がせるな]だから。ドアノッカーを使わず、手でドアを直接4回叩いてみた] 「そしたら?」 「男が出てきた。ドアの覗き窓から[眼玉が二つ]、俺を睨みつける感じでね」 「あーぁ、そういうこと。じゃあ、残りは、その合い言葉なのね」 「うん。[雨はやんだか 月が読めない]だ。……でもね」  エイシスがちょっと疲れた笑顔で言葉を止めた。アルトが怪訝な視線で見つめてくるので、ひとつうなずき、テーブルに羊皮紙のメモを滑らせた。 「次のお題を出されたよ」
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