プロローグ

2/2
前へ
/50ページ
次へ
 およそ20年前── 「お前 ワタシと 3つの戦争 する」  男は、セツドウ・タチバナと名乗った。  東方世界の山岳地帯「ボクシュウ」という地域のグルジャという町に住んでいたという。  そこでは争いを好まず、酒を愛し、歌を愛する者が集まって出来た(くに)だという。  しかしひとたび他国で戦の角笛を聞けば武器を取って、弱者のため強者を討ち倒してきたという。 「3つの戦争だぁ?」  〝血塗られ公〟グランド・レイヴンハートは片眉を上げて、聞き返す。  国立枢機院総裁の首周りには今、7本の剣が突きつけられている。  いつでもその首を斬りおとせると、剣先から殺気を(くゆ)らせていた。  都市サッタージョン。  王国ダリアの中陸南部に位置する〝見捨てられた町〟である。 「最初に言っておく。今のおめぇたちの〝領主〟は、このおれだ。先月、国王デミリオⅥ世から所有権の移譲があった。権利書の現物はさっき見せたとおりだ。おれが国王から8000万ロットで買ったわけだ。そこまではいいか?」 「関係 ない。 3つの戦争 2つ。勝ったもの この土地 使う」 (ったく。頑固な若造だぜ)  年齢は20代後半。よく日に焼けて顔から首まで赤褐色で、歯の白さが際立つ。ここ西方世界には珍しい細い目許は、温和にして清涼。深い知性を感じた。  反乱軍のボスにはしては、悪くないとグランドには思えた。  さて。どうしようかな。少しだけ迷った。 「わかったよ。受けよう。ただ、詳細の説明と、それにこちらからいくつか条件をつけたい。それくらい認めてくれたっていいだろ?」  セツドウは、2人の通訳から同じ単語を確認すると、少し考えた。 「わかった 聞く」 「まず、〝3つの戦争〟とはなんだ」 「将棋。論講。軍馬」  セツドウが説明し、通訳2人が同じ言葉を言った。 「将棋ってのはなんだ?」 「チェスの事ね。でも、彼がやろうとしている将棋の駒の数は多いわ」  女性通訳が説明する。マヤという。実は反乱軍に与している彼女は、グランドの母フェアレディの直弟子。グランドも従兄弟感覚でいる薬師だ。 「それが、お前の国の流儀か」  セツドウは2人の通訳に、単語の意味を聞いた。そしてうなずくと、 「将棋 将の人品と戦略の智を試す   論講 政の正当と文理の道を試す  軍馬 魂の優劣と布武の誠を試す 」 「それでお前が勝ったら、この土地をよこせって?」 「はい」一度だけうなずいた。 「おい、お前ら。ちょっと剣を引け。おれに考えさせろ」  剣先の輪が少し広がり、グランドは地面であぐらを掻いた膝の上に頬杖をついた。  すると、なぜかセツドウもイスから降りて、グランドの前にあぐらを掻いて座った。  じっと上目遣いでその顔を見つめてくる。  油断のない、だが相手をねじ伏せてやろうという意気はない。  上品ではないが、上質な政治外交の場にいるような緊張感を覚えた。  こいつは信頼できる。たとえ、部下が我欲的な連中でも。だ。 「よし。その3つの戦争に、こちらから加える条件は2つだ」  しばらくして、グランドは指を2本出した。日焼けの若者は通訳なしでうなずいた。  グランドは改めて人差し指を立てる。 「ひとつ。その3つの戦争とやらに将を一人ずつ立てる。こちらからは、  将棋に、セト・ヴェゼルヴィッツ。  論講に、ロークワゴン・ダイヤクロウ。  軍馬に、ジムニー・グレイスン、以上を選抜する」  女性通訳が、グランドの言葉以上のことを長く通訳する。おそらく人物評まで入っているのだろう。  言葉が切れるのを待って、グランドは人差し指と中指を立てた。 「ふたつ。こっちが負けたら、正式に土地をやる。だが、お前が負けたら、おれの部下になれ」  室内に複数人の息を飲む音がした。突きつける剣先が震え、側近らが激高するのを必死に抑えているのが分かる。無視した。 「どうだ?」  若者はしばらくの間、腕組みして天井を仰いだ。そして、 「わかった。 わたし、人 選ぶ 時間、3日 ほしい」  グランドは真っ直ぐ反乱軍のリーダーを見つめて、無言で顔を左右に振った。 「だめだ」 「っ!?」  それから二人の通訳を左右に()めつけて、言った。 「3日じゃ遅ぇんだ。3時間やる。それで決めてくれ。早くしねぇとここをバケモノが通過するんだ。ここから南に行った港にはクラリティって俺の領地だってある。  おれはそのバケモノのために人死にを出したくない。──正確に通訳しろ。一言一句、誤魔化すな。これは本当に大事なことなんだ」  通訳2人は緊張した様子でそれぞれリーダーに伝える。 「バケモノ 人 死ぬ 意味 分からない」  グランドは何度もうなずく。  お前はやはり、他の領主とおんなじだ。だが無知じゃあねえ。頼む。 「実際のところ、戦争なんてしてる場合じゃねえ。おれの言うことを全部信じてくれとはいわん。だがもうすぐ、おそらく来月頃になるかもしれん。遠くない未来だ。〝ベヒモスロード〟がここを通る」  2人の通訳が彼に伝え終わるのを待った。  次の瞬間。若者の眼光が鋭さを増し、顔つきが変わった。 「ئۇرۇش توختىتىش   ھەممەيلەننى چېكىندۈرۈشكە تەييارلىق قىلىڭ  (休戦します。みんなに避難できるよう準備させてください)」 「رەھبەر ئۇنىڭ دېگەنلىرىگە ئىشىنەمسىز؟ (総統。彼の言うことを信じるのですかっ?)」 「بىزنى قوغلاپ چىقىرىش ئۈچۈن ئاپەتنى دوكلات قىلالمايمىز  ……مەن سۈكۈت قىلدىم  (我々を追い出すのに、災害を理由になどしませんよ。……私なら黙っています)」  男性通訳は絶句し、代わりにマヤがグランドに伝える。 「その災害が過ぎるまで休戦としましょう。3つの戦争はその災害の後に必ず行います」  よっしゃあっ。グランドは大きな音で手を打って、満面の笑顔で反乱軍のリーダーに手を差し出した。 「かたじけねぇ。あんたがおれの話に耳を傾けてくれた、最初の〝領主〟だ!」  思わず口走っていたグランドの失態を、マヤからそのまま通訳されると、異邦の若者は初めて目を白黒させた。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加