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およそ20年前──
「お前 ワタシと 3つの戦争 する」
男は、セツドウ・タチバナと名乗った。
東方世界の山岳地帯「ボクシュウ」という地域のグルジャという町に住んでいたという。
そこでは争いを好まず、酒を愛し、歌を愛する者が集まって出来た州だという。
しかしひとたび他国で戦の角笛を聞けば武器を取って、弱者のため強者を討ち倒してきたという。
「3つの戦争だぁ?」
〝血塗られ公〟グランド・レイヴンハートは片眉を上げて、聞き返す。
国立枢機院総裁の首周りには今、7本の剣が突きつけられている。
いつでもその首を斬りおとせると、剣先から殺気を燻らせていた。
都市サッタージョン。
王国ダリアの中陸南部に位置する〝見捨てられた町〟である。
「最初に言っておく。今のおめぇたちの〝領主〟は、このおれだ。先月、国王デミリオⅥ世から所有権の移譲があった。権利書の現物はさっき見せたとおりだ。おれが国王から8000万ロットで買ったわけだ。そこまではいいか?」
「関係 ない。 3つの戦争 2つ。勝ったもの この土地 使う」
(ったく。頑固な若造だぜ)
年齢は20代後半。よく日に焼けて顔から首まで赤褐色で、歯の白さが際立つ。ここ西方世界には珍しい細い目許は、温和にして清涼。深い知性を感じた。
反乱軍のボスにはしては、悪くないとグランドには思えた。
さて。どうしようかな。少しだけ迷った。
「わかったよ。受けよう。ただ、詳細の説明と、それにこちらからいくつか条件をつけたい。それくらい認めてくれたっていいだろ?」
セツドウは、2人の通訳から同じ単語を確認すると、少し考えた。
「わかった 聞く」
「まず、〝3つの戦争〟とはなんだ」
「将棋。論講。軍馬」
セツドウが説明し、通訳2人が同じ言葉を言った。
「将棋ってのはなんだ?」
「チェスの事ね。でも、彼がやろうとしている将棋の駒の数は多いわ」
女性通訳が説明する。マヤという。実は反乱軍に与している彼女は、グランドの母フェアレディの直弟子。グランドも従兄弟感覚でいる薬師だ。
「それが、お前の国の流儀か」
セツドウは2人の通訳に、単語の意味を聞いた。そしてうなずくと、
「将棋 将の人品と戦略の智を試す
論講 政の正当と文理の道を試す
軍馬 魂の優劣と布武の誠を試す 」
「それでお前が勝ったら、この土地をよこせって?」
「はい」一度だけうなずいた。
「おい、お前ら。ちょっと剣を引け。おれに考えさせろ」
剣先の輪が少し広がり、グランドは地面であぐらを掻いた膝の上に頬杖をついた。
すると、なぜかセツドウもイスから降りて、グランドの前にあぐらを掻いて座った。
じっと上目遣いでその顔を見つめてくる。
油断のない、だが相手をねじ伏せてやろうという意気はない。
上品ではないが、上質な政治外交の場にいるような緊張感を覚えた。
こいつは信頼できる。たとえ、部下が我欲的な連中でも。だ。
「よし。その3つの戦争に、こちらから加える条件は2つだ」
しばらくして、グランドは指を2本出した。日焼けの若者は通訳なしでうなずいた。
グランドは改めて人差し指を立てる。
「ひとつ。その3つの戦争とやらに将を一人ずつ立てる。こちらからは、
将棋に、セト・ヴェゼルヴィッツ。
論講に、ロークワゴン・ダイヤクロウ。
軍馬に、ジムニー・グレイスン、以上を選抜する」
女性通訳が、グランドの言葉以上のことを長く通訳する。おそらく人物評まで入っているのだろう。
言葉が切れるのを待って、グランドは人差し指と中指を立てた。
「ふたつ。こっちが負けたら、正式に土地をやる。だが、お前が負けたら、おれの部下になれ」
室内に複数人の息を飲む音がした。突きつける剣先が震え、側近らが激高するのを必死に抑えているのが分かる。無視した。
「どうだ?」
若者はしばらくの間、腕組みして天井を仰いだ。そして、
「わかった。 わたし、人 選ぶ 時間、3日 ほしい」
グランドは真っ直ぐ反乱軍のリーダーを見つめて、無言で顔を左右に振った。
「だめだ」
「っ!?」
それから二人の通訳を左右に睨めつけて、言った。
「3日じゃ遅ぇんだ。3時間やる。それで決めてくれ。早くしねぇとここをバケモノが通過するんだ。ここから南に行った港にはクラリティって俺の領地だってある。
おれはそのバケモノのために人死にを出したくない。──正確に通訳しろ。一言一句、誤魔化すな。これは本当に大事なことなんだ」
通訳2人は緊張した様子でそれぞれリーダーに伝える。
「バケモノ 人 死ぬ 意味 分からない」
グランドは何度もうなずく。
お前はやはり、他の領主とおんなじだ。だが無知じゃあねえ。頼む。
「実際のところ、戦争なんてしてる場合じゃねえ。おれの言うことを全部信じてくれとはいわん。だがもうすぐ、おそらく来月頃になるかもしれん。遠くない未来だ。〝ベヒモスロード〟がここを通る」
2人の通訳が彼に伝え終わるのを待った。
次の瞬間。若者の眼光が鋭さを増し、顔つきが変わった。
「ئۇرۇش توختىتىش
ھەممەيلەننى چېكىندۈرۈشكە تەييارلىق قىلىڭ
(休戦します。みんなに避難できるよう準備させてください)」
「رەھبەر ئۇنىڭ دېگەنلىرىگە ئىشىنەمسىز؟
(総統。彼の言うことを信じるのですかっ?)」
「بىزنى قوغلاپ چىقىرىش ئۈچۈن ئاپەتنى دوكلات قىلالمايمىز
……مەن سۈكۈت قىلدىم
(我々を追い出すのに、災害を理由になどしませんよ。……私なら黙っています)」
男性通訳は絶句し、代わりにマヤがグランドに伝える。
「その災害が過ぎるまで休戦としましょう。3つの戦争はその災害の後に必ず行います」
よっしゃあっ。グランドは大きな音で手を打って、満面の笑顔で反乱軍のリーダーに手を差し出した。
「かたじけねぇ。あんたがおれの話に耳を傾けてくれた、最初の〝領主〟だ!」
思わず口走っていたグランドの失態を、マヤからそのまま通訳されると、異邦の若者は初めて目を白黒させた。
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