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 第3師団司令部野営地。 「申し上げますっ。平原にて、魔法反応を検知。本営に向かっていた馬車がガルグイユ数頭に襲撃された模様」 「なにっ。北からだとっ」  セツドウは切れ長の目を見開いた。グレイスンは冷静に伝令を見た。 「それで、馬車の標識は」 「貴族馬車一台。紋章は、レイヴンハート家っ」  思わず無言で天幕から飛び出していこうとしたグレイスンとセツドウを、美しいエルフの女性将校が押し返すように入ってきた。 「ご心配には及びません。現在、ガルグイユ8匹は、護衛の若者三人によって討伐され、乗車中の乗員三名と御者は無傷です」 「ソフィア……っ。君も人が悪いな」  グレイスンが渋面を向けると、情報本部長ソフィア・ガーベラ少佐は微笑しながら二人を天幕の奥へ押し返す。 「ふふふ、アルトちゃんのことになると気が気じゃなくなるお二人に、ちょっとした刺激をと思いまして」 「それで、魔法反応は」 「ジョーイと名乗る少年が魔法銃ケルベロス9による〝一球火閃(ボーライド)〟を発砲したことがわかっています」 「ジョーイ? なるほど……それで、魔法銃というのは?」  ガーベラ少佐は意外そうに目をしばたたいた。長い耳につけたイヤリングがシャラリと音をたてた。 「ジムさん。知らないんですか? 〝ロイヤルスミス〟が試作中の汎用型魔法兵器ですよ。ジギタリス団はすでに試験運用に入っていますよ」 「ソフィア。きみが興味津々な目をする時は、だいたいロクでもない物だと相場が決まってる。そんなことより、お双子(ふたり)は?」  ガーベラ少佐は心外そうな顔をして頬を膨らませた。部下には絶対見せない子供っぽい表情だ。 「来賓用の天幕で昼食をお出ししていますっ。ギブリ中佐のお説教付きですが」 「そいつは、さぞかし消化に悪そうだな」アテンザがあくびをする。「本題に入ってくれよ」  ガーベラ少佐は表情を引き締めた。 「ベヒモスロードが航路を変えました。方位0-5-3。進路山なり。我が国の国境線手前ゼルデンに到達。時速10ノット」  アテンザがミスリル製の定規と分度器を駆使して、地図に赤線を引く。 「ジム。このまま〝ロード〟が進めば、終着点はクラリティに突っ込むぜ」 「だが。なぜダリアをまたぐ段になって急に法則を曲げた?」 「さあな。ヤツも所詮、畜生だ。そんな気分もあんだろうよ」  アテンザはコツコツと赤鉛筆の尻で机を打つ。グレイスンが地図を見据えたまま言った。 「ソフィア。山向こうの観測班は帰還しているか」 「もちろん。現報告も、彼らからもたらされたものです」 「なら、ベヒモスロードが進路を曲げた理由はなんだと言っている?」 「特段の要因報告ありません」情報本部長は事務的に応じた。  グレイスンは微塵も納得していない様子で情報本部長を見た。 「訊き方を変えよう。現地観測班らは、ベヒモスロードが何を目的として進路を変える気になったと推測している?」 「ジム。やつに馬のにんじんが利くってのか?」  アテンザが聞き返すと、グレイスンは力強くうなずいた。 「あの巨体からは想像もできないが、この30年、散発的に通過してきた連中は一度だって自分たちの〝ロードマップ〟から逸れたことはなかった。律儀な連中だ。  なのに、このタイミングでロードみずからその法則に外れる。それだけの何かが起きてサクラメント領の中央を通過する進路を取ってきた。気まぐれにしては〝人間くさい〟」 「手駒を全部集めて、もう一度現場へ飛ばしますっ」  ガーベラ少佐は天幕を飛び出していった。グレイスンは短く吐息すると、 「アテンザ。セツドウさんと腹ごなしをしてくる」 「あいよ。お嬢さんによろしくな」  アテンザはイスに腰掛けると足を組んで居眠りを始めた。 「セツドウさん。行こう」  二人は足早に天幕をでた。   §  §  §  第3竜騎兵団にはジムニー・グレイスン少将を頂点として、五人の〝鬼〟がいる。  赤、青、緑、黄、黒の五色で編成された千鬼隊長が、当番制で〝番頭〟と通称される副官につく。  王国軍第3竜騎兵師団第1歩兵大隊長グラハム・ギブリ中佐は、〝赤〟。5人の千騎長のリーダー格で最年長。グレイスン少将の信任だけでなく、他の副官からの信頼も篤い。  食堂の長テーブルに5人は座らされていた。だが、食事にはまだ誰も手をつけていなかった。 「ギブリおじ様、この度の件はすべて私が──」 「お嬢は、あとで二代目からしっかり叱られてください。この場は職務として、コイツらを詮議します」  ぴしゃりと言われて、アルトは押し黙ってうつむくほかなかった。ジュークに至ってはギブリが苦手なのか最初から目線をあげようともしない。 「おまえら、なんで追ってきたガルグイユを全滅させた?」  質問の意味が分からない。怪訝な顔を見合わせるリゼとギブリ。エイシスが言った。 「我われはレイヴンハートの護衛として雇われたものです。敵が劣勢となっても逃げを打たず攻勢を続けたので、やむを得ずこれを排除しました」  向かってくるエイシスの目を見たまま、ギブリ中佐は顔を振った。 「お前らの技量はワシも知っとる。1匹だけ逃がそうと思えばできたはずだ。そう言ってる」 「逃がす? そんな余裕はありませんでした」 「なら仮に、逃がした1匹が、仲間を大勢引き連れて仕返しに来る可能性も考えなかったのか」 「それは……考えましたけど」  エイシスは質問の内容が見えてこず、戸惑った目で中佐の硬い視線を受け止めた。 「中佐。全滅させたことが重要ではないはずです。北からガルグイユが現れたことが重要なのではないですか」 「ふん。どうしてそう思った」ギブリ中佐の目が少しだけやわらいだ。 「これまでのベヒモスの通過ルートはサクラメント領の南です。ガルグイユはベヒモスの背にある甲殻を根城にしている。だからガルグイユが北から来ることはない」 「……」 「ベヒモスロードに何かあったと考えるべきです。しかし、残念ながら俺たちには、中佐からお伺いするまで、そのことに思い到りませんでした。それを押して失態と指摘されるのは、いささか得心がいきませんが」 「ふんっ。別に非難はしちゃあいねえよ。じゃあ、本題だ。──何を隠してる?」 「……っ」 「お前らが、アングレイブ伯爵と〝妙な魔法団〟から狙われてること以外に、この場でワシに隠さなくちゃいけねえ何かってのは、なんなんだ?」  司令部はすでにエイシス達のトラブルを把握していた。エイシスは目を見開いたまま、二の句が継げられなかった。 「赤鬼の」  天幕に青の兜房(かぶとふさ)をつけた千騎長が入ってきて、ギブリ中佐に耳打ちした。強面の薄い眉がひそめられ、その視線がアルトのとなりに座る少年に向けられた。 「なるほどな。お前ら、随分と仲よく旅をしてきたってわけだ」  膝をバシンッと幕内に響くほど強く打って、ギブリは立ち上がった。 「御曹司。ガルグイユ3頭同時に打ち落とすほどの改造魔法だそうですな。人に向けたらどうなるか、お解りですね?」 「わ、わかってるよ。そんなこと……っ」 「では、その魔法回路図の提出と、方陣解体を命じます」 「えっ」 「その回路図を国立枢機院に引き渡すことで、この場は不問(チャラ)にしますって言ってるんです」 「あの。それって使えそうな魔法だから、(てい)よくよこせって言ってません?」  リゼが抗議すると、ギブリ中佐はムッと覆面少女を見据えた。その眼力で、リゼは思わず首をすぼめる。迫力では格が違いすぎるのだ。 「彼女の言う通りです。軍人も意外に(こす)(から)いことをするんですね」  エイシスが立ち上がり、鋭い眼差しで上級将校を見た。 「なんだとぉ?」  立ち上がるとギブリ中佐が頭半分低い。だが新兵にもなっていない学生相手では、鬼副官の気迫は岩窟鬼(スプリガン)のごとく小揺るぎもしない。 「国立枢機院における竜騎兵団・歩兵師団の制式な魔法実装が遅れているという話は、クローディア法術学院にまで聞こえていますよ。議会も魔法軍備費増強に否定派が大勢、という噂もしょっちゅう聞きます」 「それがどうした。子供には関係のない話だっ」 「なら、その子供から恥も外聞もなく、こそこそと何をせしめようとしてるんですか。軍人さん」 「小賢しくごねたところで、攻撃魔法の不法使用の事実はかわらん。こっちは違法改造で逮捕することもできるんだぞっ」  軍隊特有の強権的な脅迫をふりかざす。これが彼らの日常なのだ。  エイシスは毅然と相手を見据えた。 「町中での使用でないこと。対人相手の魔法使用でなかったことも含めて、民間人による正当な対魔防衛を主張します。純粋に我々が魔物に襲われたのは事実です。  そこで攻撃魔法の違法性を疑われても、馬車を守り、家族を守るにはそうするしかなかった。正当防衛のはずです」 「エイシス。お前さん、いつから弁護士になった」 「市民法での弁護が気に入らなければ、軍事法で話をつけますか? もっとも、我われ民間人に軍事法は適用できないですけどね」 「御曹司は、国立枢機院の次期総裁候補だ」  上級将校が言い切った。ジュークがテキメンに(しお)れた。  その瞬間、エイシスの中で、何かがブチリと切れた。眼に鬼炎を噴きはなち、テーブルを叩いた。 「何の権限あって、部下からかつぐ御輿を指名してるんですかっ! そんな謂われはどこにもないっ。俺たちの未来を勝手に決めつけるなっ!」 「ぐっ。お前……っ」  掴みかかろうとするギブリの手首を掴み返すと、エイシスはニッと笑ってみせた。 「それにね。今の彼は、俺の弟ジョーイ・タチバナなんですよ」 「はあっ!? なんじゃそりゃあっ」ギブリ中佐も目をぱちくりさせた。 「グラハム。そこまでだ。この場は、お前の負けにしておいてくれ」  天幕からグレイスンがセツドウを伴って入ってきた。 「二代目っ」ギブリ中佐が敬礼する。  アルトはイスから立ち上がると、力の限りにグレイスンに飛びついていった。 「グレイスン卿っ……よかった。よかったです」 「アルト様。無茶をなさいませぬようにと、お願いしたはずですよ」  小さな少女の肩に優しく手をのせると、アルトは破顔した。  グレイスンはギブリ中佐に微笑みかけた。 「みんなでメシにしよう。なお、例の魔法の件については正式にこちらから契約する。このまま罰則的に取り上げては、後で若者の恨みを買いかねないぞ。グラハム」  ギブリ中佐はまだ何か言いたそうだったが、アルトに睨まれて驚き、押し黙った。 「勝利の女神に嫌われては、勝利も覚束ないというわけですか」 「そういうことだ。それと各副官に通達。北5キロ四方の平原に斥候を出せ」 「もうやってます。報告は一六(ひとろく)三◯(さんまる)時にまとめて上申します」 「ほう。さすがわれらが大番頭グラハムだ。手回しがいいな」  司令官が微笑むと、ギブリ中佐は隆々とした肩をすくめ、敬礼して天幕を出ていった。 「エイシス」 「は、はい」 「武勲一等をあげたな。あのグラハムが言い負かされたのは久しぶりだ」  グレイスンが笑顔を向けると、少年たちはようやく緊張を解いた。
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