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〝ケルベロス9〟に魔法を放ち、三色の弾莢を弾室にこめる。予備は中位治癒魔法〝傷病回癒〟を放ち。それを腰背のベルトにねじ込んだ。
「これで弾は全部なんだよな」
「う、うん……でも」
困惑するベルサを省みず、ジュークはナイフ用ホルスターを拵え直したケースに魔法銃を差し込んだ。それを腰に巻く。
「あらぁ、ジューク。どこかへお出かけかな?」
ソフィアが天幕に入ってきた。
「情報本部長がふらふらしてていいのかよ。ちゃんと情報集めろよ」
「そんなこと言っていいのかなあ。情報持ってきたのに」
「勿体つける情報なんてロクなもんじゃねえよ」
ぶっきらぼうに応じて、天幕の入口に立つソフィアを押しのける。その手を掴まれた。
「だめよ。たまにはお姉さんの言うことも聞きなさい」
「今のオレに命令できるのは、姉貴とじいだけだ。親父の命令だって聞く耳は持ってねーよ。邪魔するなら吹っ飛ばすぞ」
「そのグレイスン少将からの命令よ」
「命令? 情報はどうしたんだ」
「指示だって情報でしょ。どうする。命令違反する?」
「あとだ。姉貴が戻れば、じいもそっちに頼むだろうからな」
「6時間後。ヘビモスロードがサクラメント市内を通過するわ」
「だから──」
「任務は、ベヒモスロードの卵嚢の奪取阻止」
「卵……ベヒモスまで卵から生まれる系なのかよっ」
「そうらしいわよ。クラリティに向かった奪還部隊からの報せでは、全部で27個。それが一七四○時にクラリティからサクラメント市内まで運ばれて、ロードに返す計画よ。きみに、それを守って欲しいんですって」
「卵を返す? だったら、エイシスたちがいるだろ。オレは忙しいんだ」
「これはアルトの作戦よ」
「だから姉貴は今……姉貴が、戻ってきたのかっ?」
「ううん。まだ。でもロードの背中で元気してるみたい」
「連絡が取れたのか」
「うちの情報部を舐めないでもらえるかしら」
ソフィアは不敵に御曹司を見下ろした。
「ソフィアの手下。どうやってガルグイユの群れをかい潜って、ベヒモスの背中に乗ったんだ」
「その説明、今必要かしら?」
「いるに決まってんだろっ。それが本当なら、オレもヤツの背中に乗って姉貴を救出できる。さもなきゃ、姉貴は手紙を球にしてベヒモスロードから投げたんだ。姉貴は手帳と鉛筆は常に持ち歩いてたからな」
「ふぅん。アルトのことになると何でも知ってるのねえ」
「茶化しはナシだ。で、どうやって姉貴と連絡を取ったんだよ」
詰問口調でジュークが女性佐官を見あげる。ソフィアは少しつまらなさそうに長い耳をいじると、
「後者よ。ベヒモスロードには常に5人の観測者をつけてある。その中の一人が、背中から放物線を描いて落ちてきた燃えるヤシの殻に気づいて拾ったの」
「燃えるヤシのカラ? ……そうか、もうすぐ夜だから」
「そういうこと。それで、アルト曰く、ガルグイユの寄生目的は、ベヒモスの卵なんですって。卵の大きさはヒツジ程度。クラリティの埠頭倉庫で発見された密輸品とほぼ同じ大きさだったわ」
「マジか。食えるのか?」
「たぶんね。わたしはゴメンだけど」
「姉貴ならゼッテー味見したいとか言い出すんだろうな。くくっ。なら、エイシスたちはその卵と一緒にこっちへ戻ってきてるんだな」
ジュークの機嫌が急に上向いた。
どんだけお姉ちゃん好きなのよ。ソフィアは鼻息しつつもうなずいた。
「そうよ。だから、前哨戦。ベヒモスの道ならしをするの。ロードに寄生しているガルグイユ本隊がやってくるはずだから。拠点の魔法防衛をジュークに頼みたいんだって。
アルトの救出はその後。ガルグイユが卵奪取に気を取られている隙に山岳の滑空部隊がベヒモスロードの背中に乗艦する手筈になってるわ」
「山から滑空っ!? ヤベェ! 何か楽しそうっ!」
目をキラキラさせて天幕を出ていく御曹司に、ソフィアは半眼になった。
「おばか。みんな命がけでやってるのっ。一歩間違えればガルグイユのエサか、ベヒモスロードに激突なんだからね……ちょっと、聞いてんのっ?」
§ § §
話は少し戻る。
ベヒモスロードの背中は、アルトの目には世界植物標本の宝庫だった。
主に果実をつける樹木が多いのは、ガルグイユや野鳥のフンに食べた果実の種子が混じっている事を示唆していた。そのおかげでアルフォンソ・モリゾはこの空中孤島に12年以上も棲むことができたらしい。
一方で、縄張り意識の強そうなガルグイユからどうやって身を守っているのか、訊いてみた。
「ちょっとのプライドを捨てるだけで簡単なことだったよ」
モリゾの自宅は、細い丸太をコツコツ積み上げられた掘っ立て小屋。
彼は上着を開いてみせると、その裏地にガルグイユの灰色の皮でベストを作っていた。
「それは自作ですか?」
「もちろん。樹から落ちてきた死体を集めて3日徹夜して作ったんだ。コレのおかげで、ガルグイユがベヒモスと熾烈な生存競争を仕掛けていることに気づけてね」
「あったかいのですか。それ」
「うん。ここフレスヴェルグ山脈なんかだと、特にね」
垢おじさんは得意げに白い歯を見せた。
「あのガルグイユの個体数調査はされましたか」
「もちろん。……ここ数年で、ガルグイユの数は減少傾向にある」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「ガルグイユを腑分けして、卵管の存在を確認しています。人間に酷似した体型を持ちながらの卵殻出産では、かなりのリスクになっているのではないかと」
モリゾ教授は神妙な顔で、焚き火の上で何かよく分からない小動物の肉を焼きながら、
「アルトくんのその推測は正しい。これはおよそだが、3度の妊娠で2度。流産か死産している確率になる」
「原因は何だとお考えですか?」
「ガルグイユがベヒモスの背中という新天地を得てから、ベヒモスの航路ルートが変化しているんだ」
「ルートが変化。それはもしかして、高所寒冷地を選んで進んでいる事と関係が? 無毛の魔鳥……。そうか。元もと両者には共生関係などなかったんだ」
少女の深慮に、モリゾ教授は目を見開き、ニコリと微笑んだ。
「アルトくん。Aマイナーをあげよう。ガルグイユとベヒモスは研究者の間で言われてきたような片利共生の関係ですらなかったんだ。むしろ天敵として人知れず生存競争を繰り広げてきたのだよ」
「しかし、教授。ガルグイユはもともと飛行生物。空気の薄い高所環境には適応できたはずです。彼らは30年以上かけて低温環境にも適応していった。そういうことですか」
「そう。きみが雌のガルグイユを解剖したのなら、もうわかっていると思う。彼らの体表組織と皮下脂肪の付き具合に、違和感を持ったはずだよ」
「はい。体表組織は、革鎧のようにつるりとしていて、水棲生物のような機密性の高い感触がありました。そして表皮層の下の皮下脂肪は他の飛行生物に比しても厚い。人でもなく鳥でもない、まさに魔物らしい順応力だと思います」
「そう。あの皮下脂肪は防寒耐性を持っている。こんな風にね」
「あの、こちらも本題なのですが、今回ベヒモスロードがどうして航路を変更したのか、教授はご存じですか」
「もちろん知ってるとも」
モリゾ教授は焼いていた肉を火からあげると、レディファーストで差し出して来た。
「このネズミは?」
「ワームラットといってね。南方世界に住んでいる魔物ネズミだ。成獣で生後6ヶ月の子犬くらいになる。灌木の根に棲んでいる芋虫を食べる。病原菌の元になる内臓を取り除き、アルコール処理して3日くらい日干しにしたのを炙ったものだ。レディに供す食事としては野蛮だが、味はそんなに悪くないよ」
「アルコールはどこから?」
「この先にナツメヤシがあってね。そこからアルコールを蒸留した。まだ若すぎるきみはわからないだろうが、なかなか悪くない出来でね」
アルトは感心しながら、ワームラットのお尻の方から、モモの所をかじった。
「あ、意外とやわらかいですね。味は淡白ですけど、鶏というよりウサギ? 胡椒が利いてておいしいです」
モリゾ教授は嬉しそうに口許をほころばせた。
「実は胡椒の実も見つけてね。この背中暮らしも長いが、まだまだ探険したりないんだよ……だが悲しいことに、ベヒモスの数も減る一方でね」
「数が減っている?」
「他の群れを知っているわけではないから、はっきりしたことは言えないが、少なくともここの群れでは、一度も子供を見たことがない」
「30年?」
「いや、12年だね。わたしがここで生活を始めてからずっとだ。国立枢機院が調査した長期観測データで5、6頭の増減というのは、妥当な数字だろうね」
「教授。その原因はガルグイユにあるとおっしゃいましたよね」
ワームラットを返すと、モリゾ教授はためらいなく頭からかじった。バリボリと音をさせながら、うなずく。
「彼らはベヒモスの卵を食べて、飢えを凌いでるのさ」
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