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エピローグ
「ジューク。あの……銃、ありがとう」
「いいっていいってぇ。あれは姉貴のためにあったってことで、さ」
帰りの馬車の中で、ジュークは姉にひざ枕をしてもらい、戦いの褒賞に浴していた。
あれからベルサは、ベヒモスを降りると、その場でスーツ姿の男女に連れて行かれてしまった。魔法銃は結局、アルトからロイヤルスミスに返すことになりそうだ。
旅はタチバナ家に一泊してからの帰路となった。
帰りの護衛はもちろん、エイシスら3人だ。彼は王都に戻ったらすぐ休学を解除して、また学校に通うらしい。
友人ギブリから、エイシスは前よりやる気になってると感謝された。
ジュークが片目をチラリと開けると、手帖を見つめる姉の神妙な容貌が、どこか不安にさせた。
「姉貴。今、何考えてる?」
「うん……」
だめだ、こりゃ。生返事する時は、誰が何を言っても耳に入らない。ジュークは大人しく目を閉じることにした。
やがて、自分の頭が揺れ動いたので目を開ける。アルトは水筒を手に取り、口に運んでいた。
「なあ、姉貴」
「うん?」
「学校って楽しいのか?」
「えっ? んと……まだ通い始めて1年経ってないから、お友達もまだなの」
「けど、なんか忙しそうじゃんか」
「うん。先生方の論文を手伝ったり、意見交換したり。あと大学に資料の問い合わせの手紙書いたり……それなりよ」
「魔法学校の生徒って、そんなことしなきゃいけないのか?」
「ううん。みんな1コマ50分の授業聞いて帰るだけなんだって。私だけ基礎単位を特認免除されてるから。冬休みが始まるまで図書館で自主勉強することになりそう。だから話し相手がまだ先生方しかいなくて……」
参考にならない学校生活。ジュークは軽く吐息した。
「まさかその自主勉強って、このあいだの〝東風かぜ〟か?」
「うん。学校の図書館とお母様の書斎の蔵書を借りれば、なんとか書けそうだったから。書物は歴史と地域分布どまりだったんだけど、ベヒモスの移動を聞いて、もしかしたら動物感染なんて切り口はどうかなって。この旅で、それなりに手応えはあったわ」
ちんぷんかんぷんだった。
「それ、完成しそうか?」
「冬休みに集中して書いて、春の学会コンペに上梓してみたい。やっぱりモリゾ教授に出会えたのが、いい刺激になったのかも」
真っ黒に日焼けし、どこかぼやっとしたあの教授は、そのままベヒモスに乗って西の海を目指していってしまった。姉の話では3年は地上に下りる気がないらしい。
「じゃあ、帰る直前に見に行った、あの洞窟は?」
「ヴォルガニア紀の地層? あれは別件ね」
「はっ!? 別っ……うそだろ。メチャクチャ愉しそうに話聞いてたじゃんか」
「あの地層は伝染風とあまり関係ないけど、別の分野でいい資料になりそうだったらか見に行ったの」
「別分野って、たとえば?」
「うーん……そうね。占星術とか、地質学史とか?」
「使えねぇ~っ」
ジュークは姉の膝の上で寝返りを打って、不意に動かなくなる。
「ジューク……?」
「じゃあ、占星術で使えるんなら、天文学は?」
「……」
弟はまた天井へ向き直って、姉を見あげる。
「『Sidereus Nuncius(星界の使者)』……暗黒星と関わりがあんだろ。祖父ちゃんが前に言ってたぞ」
「そう。お祖父様が……。ジュークもアレを読んだのね」
姉の表情が深刻になった。ジュークは慌てて顔の前で手を振った。
「いや。ほら、姉貴ほど読み込んでるわけじゃねーけど。でも、あの地層から例の〝黒幕の星〟の法則性がわかんじゃねーかなって。祖父ちゃんが」
アルトは弟を見下ろしつつ、ほころばせた口許で顔を横に振った。
「そこまでは、まだ無理。でもね。あの地層から災害が起こった堆積層を探し出して占星術の記録と照合し、暗黒星がどこにいたかを捜すの。3000年分」
「さ、さんぜん……うひ~。姉貴、そんな気の遠くなる作業、やる気なのか?」
アルトは悔しそうに眉をひそめてかぶりを振った。
「だめだった」
「だめ? 見せてもらえなかったってことか?」
「セツドウ小父様から接近禁止がでたの。その理由も教えてもらえなかった。とくにヴォルガニア紀層と300年前の大暗黒の記録が残ってる時代の地層。あそこと現代の比較が学術的価値の高い部分のはずなの。きっと、お祖父様に釘を刺されてたと思う」
「そういや、セツドウさんだけじゃなく、エイシスまでなんか申し訳なさそうにしてたもんな」
「ふふっ。そうね。でもお詫びの昼食がおいしかったから。今回は子供らしく引き下がっておくわ」
姉の笑顔がいつになく華やいだので、ジュークは目をぱちくりさせた。
「姉貴……もしかして?」
瞳を覗きこんでくる弟の眼差しに、アルトはハッとして頭を膝から追い出した。
「いでっ! ちょっと急になにぃ?」
「も、もうご褒美は終わりっ。お祖父様の所でしっかり勉強しなさいよ」
「そんな無理やりな会話の切り方あるかよぉ……ったく」
頭をさすりながらも姉のわかりやすい動揺に、ジュークはなぜか愉快でしょうがなかった。
〈 了 〉
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