月とクジラ

2/9
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
叔父さんは舌なめずりしながら手をすりすりと合わせると、腕まくりしてゆっくりと水たまりに人差し指を落とす。指が水面に触れると、波紋が広がり、月の影がゆらゆらと揺れる。波紋が水たまりの隅々まで広がったとき、叔父さんは大切なものを摘むように、親指と人差し指でなにかを掴んだ。そのままそっと持ち上げると、キラキラとした糸のようなものが、水たまりから引っ張り出されてきた。 透明で、今にも切れてしまいそうな繊細さを持つそれは、朧気な光を放っている。 「これは月の糸だよ」 「月の糸?」 「雨が上がったあと、水たまりに映った月からとれるんだ。満月の日、今日みたいにキーンと冷える真夜中にね」 水たまりに視線を戻せば、あったはずの月の影は消え、水だけがさらさらと風に揺らいでいた。 僕がびっくりして叔父さんを見ると、叔父さんはビー玉みたいな眼をキラキラ輝かせ、「次はこっちだ!」と再び駆け出した。 まんまるの月がやたら煌々として、僕らを青白い穏やかな光で包み込んでいる。真夜中の道には誰もいなくて、まるでこの世界に僕と叔父さんしか存在していないみたい。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!