灰と化して

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 夏の夜の湿った風が頬を撫で、遠くの方から響き渡る虫の声が秋の訪れを伝えてくるようだった。  僕は庭先のドラム缶を前に、マッチ棒を箱の側面に擦り付けていた。湿気ったマッチは、虚しい音を響かせるだけで一向に付く気配がない。その事が僕の決意まで擦り減らしていくかのようだった。  駄目だ。これも駄目。擦る度に赤い頭部を灰色に染めたマッチ棒を、ドラム缶に投げ入れていく。  最後の一本になった時。僕はこれで点かなかったら、諦めようと思っていた。  そして残りの一本を、心なしか震える手で擦っていく。微かな焦げ臭さと共に、仄かな明かりが灯る。  丸めた新聞紙が入ったドラム缶に投げ入れると、次第に明るさが増していく。新聞がジリジリと焼ける音が大きくなり、僕は傍らに置いていた封筒を手に取った。  本当に燃やす必要はあるのだろうか。躊躇うように封筒に書かれた自分と同じ姓を眺める。達筆な字で書かれたその文字は、今は掠れてグチャグチャに見えた。 「火遊びするとおねしょするよ」  背後から優しくも悪戯っぽい口調で声をかけられ、直ぐにそれが叔父さんだと気づく。それでも僕は振り返ることも返事する事も出来ずにいた。 「なに、それ?」  叔父さんが縁側からサンダルを引っ掛けて降りてくる気配に、僕は慌ててその手紙をドラム缶に投げ入れる。叔父さんが「あっ」と驚いた声を上げるのを間近で聞きつつ、僕は袖で顔を拭う。
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