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プロローグ 忘れられないクライマックス
◇◇
今から3年前のとある金曜の夜11時――。
「お兄ちゃん! 『キーピング・ザ・デッド』がはじまるよ!」
「ああ、そうだったな」
「早く、早くぅ!」
「分かってるよ」
アニメ『キーピング・ザ・デッド』は、ヴァンパイアである美少女が『死亡フラグ』を立てた冒険者を一話ごとに一人ずつ惨殺していき、最後まで生き残った者と『永遠の愛を誓いあう』というストーリーだ。
「お兄ちゃん! 知ってる!? 強く愛し合った二人の『愛』は時空を超えるんだよ!」
「なんだそりゃ? そんなこと知らん」
「へへぇん! お兄ちゃんでも知らないことあるんだね!」
「逆に知らないことばっかりだっつーの。そんなことより、ほら。もう始まるぞ」
このアニメを妹のミカと二人で観るのが習慣だった。
今夜はクライマックス。
4人まで絞られた冒険者たちが最後のサバイバルに臨むことになると、先週の予告編でやってたんだ。
「ドキドキだね! お兄ちゃん! やっぱりリーダーのクライヴが生き残るのかなぁ」
「いや、意外とお調子者のボブって可能性もある」
「ええーっ! ボブはないよぉ! だったら唯一の女性で美女のナタリアの方が可能性があると思うの」
「意外や意外。一番目立たない、クールなヒットマン、アルヴァンかもしれんぞ」
「だったら賭ける?」
「いいぜ」
「負けた人は勝った人の言うことを何でも聞くってことでいい?」
「ああ、じゃあ俺はボブ」
「私はクライヴ!」
「お、始まったぞ!」
こうしてアニメは主人公のクライヴの視点で始まるのだった。
………
……
今まで僕たちと苦楽をともにしてきた美少女が何人もの仲間を惨殺してきた化け物だったなんて……。
にわかに信じられなかった。
しかし現実を受け止めなくてはならない。
僕たち4人は、化け物へと姿を変えた美少女から逃れるために、断崖絶壁の上に立つ監獄塔へと逃げ込んだ。
分厚い鉄の扉を固く閉めた後、入り口からすぐの小部屋で荒れた呼吸を整える。
僕は3人の顔を見ながら、心に固く誓ったんだ。
「ここにいる全員で生き延びるんだ!」
と。
その為には、どうしたらいいか。
真剣に悩んだ。
そして一つの答えにたどり着いた。
「ここは監獄だから、いくつか部屋が分かれているはずだ。みんなで固まっているよりはバラバラの方が、化け物も狙いを定めにくいだろう。だから別々の部屋で過ごそう!」
みんなが小さくうなずく。
そこでもう一つ、大事なことを提案した。
「僕はここに残る。もし誰かが監獄塔に入ってきたら、すぐにみんなに報せるよ。だから僕が異変を報せるまでは、じっと部屋で待機していて欲しいんだ!」
みんなが目を丸くして僕を見てきた。
そして普段は陽気なジョークで僕たちを励ましてくれるボブが、かすれた声で言ったんだ。
「クライヴ……。おまえっちゅー男は、なんて勇敢なヤツなんだ」
僕は照れ笑いしながら、本音をもらした。
「はは……。内心はビビりまくってるよ。本当ならばすぐにでも逃げ出したい。でも、みんなで生き延びたいからね。そう思うと、自分でも不思議なほど勇気がわいてくるんだ」
そう言い終えた後、震えが止まらない両手を彼らにかざす。
すると僕の右手をナタリアが握ってきた。
「異変があったら、すぐに大声でしらせるのよ。約束して」
「ああ、約束だ」
彼女が大きな瞳で僕をじっと見つめてくる。
僕も彼女から視線をそらさずに見つめた。
そこにボブが僕らの間に入って、空いた左手を握った。
「もしあんたが襲われたら、絶対に助けるからな! 一人で無茶するんじゃねえぞ!」
「ああ、分かってる」
最後にアルヴァンが僕の両手を包み込むようにして手を乗せてきた。
「……死ぬんじゃないぞ」
「はい。みんなも!」
こうして全員の手が合わさったところで、僕は腹の底から声を響かせたのだった。
「信じれば、かなわぬ夢はない!!」
「おおっ!!」
………
……
CMに突入した。
「おい、ミカ。泣いてるのか?」
「な、泣いてなんかいないもん!」
「ごまかさなくていいから。ほれ、ティッシュ」
「ふんっ! お兄ちゃんのイジワル!」
「お、CM終わるぞ」
………
……
僕たちが監獄塔に身を潜めてから、数時間が経過した。
あたりはすっかり暗くなっている。
手持ちの携帯食糧は今夜の分しかない。
だから明日になればここを出て化け物がいる洋館に潜り込まなくてはならない。
どうしたらいいのか、そんなことを考えながら、ウトウトしていた。
……と、その時だった。
――ドォォォン!!
耳をつんざく轟音が聞こえてきたのだ。
その音には聞き覚えがある。
アルヴァンの所持している強力な銃の銃声音だ。
僕は叫んだ。
「アルヴァン!!」
彼は隣の部屋にいるはずだ。
僕は彼のもとへ急いだ。
そして部屋に飛び込んだ瞬間、驚愕のあまりに甲高い声が出てしまったんだ。
「なぜだ!? なぜ君がここにいるんだ!?」
なんとそこには化け物の美少女が立っていたのだ。
「……クライヴ! 無事だったか! こっちへ来い!」
僕は慌てて化け物から離れてアルヴァンの背中に回り込んだ。
しかし……。
「……ぐはっ……。まさか……」
アルヴァンが血を吐きながらうつ伏せに倒れたのだ。
とたんに視界が開けて、化け物が目に映る。
僕は懸命に声をあげた。
「やめろ……。こっちへ来るな!」
……と、その時。
「クライヴ!! よくも!!」
ナタリアが化け物の背後から短剣で襲いかかった。
しかし、彼女の渾身の一撃は振り下ろされることはなかった……。
「うぐっ……。あんた……。こんなこと……」
見れば彼女の腹が鮮血で染まっている。
そして彼女は仰向けに倒れて息絶えた。
僕と化け物の周囲に転がるアルヴァンとナタリアの亡骸。
僕は歯ぎしりしながらうなり声をあげた。
「まだだ……。まだ……」
しかし化け物は臆することなく、ニヤニヤと笑いながら近づいてくる。
そして意外なことを口にしたのだった。
「ふふふ。そうね。まだ一人いるものね」
その言葉に全身に電撃が走ったかのような衝撃を覚えた。
「ボブのことか!?」
彼は地下室にいるはずだ。
なんとしても彼のもとへ行かなくては!
しかし気付いた時には、化け物は部屋から姿を消していた。
「待て!」
急いで化け物の背中を追う。
すると入り口の方からボブの叫び声が聞こえてきた。
「くそっ! まさか、こんなことになるなんて!!」
入り口の扉が目に入る。
そこには懸命にカギを開けようとしているボブの背中があった。
その背中にひたひたと化け物が近づいていく。
「ボブ!! 後ろ!!」
「ひいいいい!!」
ボブは扉を開けるのをあきらめ、化け物から距離を取りはじめた。
「こっちへ回りこんでくるんだ!!」
僕が叫ぶと、彼は指示に従って部屋を時計回りに駆け出す。
そうして彼は僕のすぐそばまでやってきた。
だが、その直後だった……。
「え……?」
ボブの口から大量の血があふれてきたのだ。
「そ、そんな……。ごふっ……」
それが彼の最期の言葉だった。
その場で膝から崩れた彼は、しばらく痙攣した後、動かなくなってしまったのだった……。
「ふふふ。これでついにあなただけね」
こうして僕はたった一人の生き残りになってしまった……。
このまま僕は化け物と『永遠の愛を誓いあう』ということになってしまうのだろうか――。
以下、次回!!
………
……
あっという間に25分が過ぎて、アニメはエンディングを迎えた。
さすがはクライマックスだけある。
ところどころカメラワークが悪く、3人が殺されたシーンがよく見えなかったのが残念といえば残念だ。
しかし見ごたえは間違いなく、今までで一番だったな。
「すごかったね、お兄ちゃん」
「ああ、最後の三人は『死亡フラグ』すら見えなかったもんな」
「うん、死亡フラグが見えなかったね」
「来週が最終回か……。どうなっちゃうんだろう」
「あ、そう言えば『賭け』!」
「賭け?」
「うん! 誰が最後まで生き残るか、って賭け! 私の勝ちだよ! お兄ちゃん!」
「げっ! そ、そうだったな。仕方ない。約束は約束だ。なんでも一つだけ言うことを聞いてやるよ」
「やったぁ! じゃあ……」
さて、どんな無茶ぶりを言われるんだろう。
ミカはまだ中学生。あんまり無理なことを言ってきたら、しっかり断らなくては。
◇◇
思い起こせばここから全部始まっていたんだよな。
『死亡フラグを立てたら絶対に死ぬアニメの世界で、絶対に死にたくないモブ男の俺と、絶対に殺したい美少女ヴァンパイア』の物語は――。
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