第一章 絶対に死にたくないモブ男と絶対に殺したい美少女の攻防

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第一章 絶対に死にたくないモブ男と絶対に殺したい美少女の攻防

法則その1 『最初に犯人の存在に気付いた人』は殺される  妹のミカはサスペンスドラマをこよなく愛する女子高生だ。  いつもベッドから体を起こしながら、テレビにかじりついて真剣な顔つきで犯人を推理している。  そして部屋に入った俺に『とある法則』を勝手に吹き込んでくるのだ。 ――『最初に犯人の存在に気付いた人』が殺されるのってテンプレよねぇ。ほらね! やっぱり殺されちゃったでしょ!  それは『死亡フラグ』の法則。  あの時は嬉々として語る彼女の表情を眺めているのが好きなだけだったけど、まさかこんなところで役に立つなんて――。   ◇◇  目覚めるとそこは異世界だった。  異世界に飛ばされてしまった理由は分からないが、どうしてここが異世界だと気づいたのかと聞かれれば、答えは山ほどある。    着ている服は中世ヨーロッパのそれのようにフリフリがついているし、今いるのは、築30年のマンションではなく、簡素なテントだ。  そして何よりも……。   「おい、起きろ。イルッカ・ヴィロライネン」  舌をかみそうな名前で呼ばれたことだ。  目覚める前の俺の名前は中村翔太(なかむらしょうた)。れっきとした日本人であり、いかにも北欧にありそうな名前ではない。  もっと言えば、がっちりした筋肉質な体も、一晩ではえるゴマのような無精ひげも、クマのような全身の体毛も、俺をかたどるすべてのパーツが本来の俺でないことを物語っている。  つまり俺は異世界に転生した、ということだ。    こういったシチュエーションならパニックに陥ってしまうだろうが、自分でも驚くほど冷静だった。  なぜなら『イルッカ・ヴィロライネン』という名前を呼ばれたことで確信したからだ。  ここは円盤(ブルーレイディスク)を買うほどに好きだったアニメ『キーピング・ザ・デッド』の世界であることを。  そして断りもなく俺のテントに入ってきた、いかにも悪役といった面構えの男のこともよく知っているのだ。   「ああ、そんなに大声をあげなくてもばっちり目覚めているさ。ディートハルト・フェルステル」 「あれ? なんで俺のフルネームをてめえが知ってるんだ? 昨晩の自己紹介では『ディートハルト』としか言わなかったと思うが……」  そう言われれば円盤の特典である設定資料集にフルネームが書かれていただけだったな。その設定資料集には登場人物たちの細かい人間関係も書かれていて、読んだだけで泣いてしまったっけ。  ……とまあ、過去の思い出よりも、フルネームを呼んだくらいで俺を怪しんでいるディートハルトをどうにかしなくては。  ただコイツは頭悪そうだし、適当にごまかせばどうにかなるだろ。 「お前さんは伝説の盗賊団のリーダーだったじゃねえか。町の有名人の名前を知らなかったらモグリもいいところだぜ」 「へへ、そうか。俺は有名人ってことか」  単純なヤツだ。  しかも悪名で名をはせておいて、そんなに嬉しいものかね。  ……もちろんそんなことは口に出さず、俺は話を切り替えた。 「ところでなんだい? まだ夜明け前だっていうのに」 「あ、ああ。ちょっと話があってな……」 「分かったよ。だがコソコソと隠れて話をするのはよくない。準備ができたらすぐにここを出るから、外で待っていてくれ」 「おう……」  狭いテントからむさ苦しい男が立ち去ったことにほっと胸をなでおろすと、状況の整理をすることにした。    この世界での俺の名は先ほどの通り、イルッカ・ヴィロライネン。年齢は30。  主人公でもなければ、ストーリーのカギを握っているような重要な人物でもない。  言ってみれば『冴えないモブ男』である。    『キーピング・ザ・デッド』のはじまりは、俺たちが住む町で二人の若い女が惨殺されたところから始まる。  彼女たちの接点はなく、犯人の目星はつかない。  町中が騒然となる中、第三の悲劇が白昼に起こった。  町の領主の悲鳴が館から響き渡ったのだ。  護衛の騎士たちが駆けつけた頃には犯人の姿はなく、瀕死の領主の口から『黒い森の洋館で化け物が待っている』と告げられただけだった。  それから三人の騎士たちが洋館へ向かったが、彼らは帰ってこず、ついに町では四人目の被害者が出てしまう。    町の人々は困り果てた。    なぜなら三人の騎士たちは町でも一番の屈強な戦士だったからだ。  そこで町の長老たちは囚人や身寄りのない者たちを集めて『討伐団』を結成することにした。    質でダメなら量で攻める……。    ずいぶんとお粗末で無謀な作戦じゃねえか。  しかし領主がいない今、長老たちの意見は絶対だ。  こうして寄せ集められたゴロツキたちの一人が俺、イルッカというわけだ。    ……と、ここまで聞けば、よくあるパニック映画とあまり変わらない。  だが、この世界には独特の『設定』が一つある。    俺はそれを確かめるためにテントを出た。  そしてディートハルトの隣に腰をかけて、彼に話しかけたのである。   「んで、話ってなんだい?」 「ああ。おまえだけには話しておこうと思ってな」  やはりそうきたか……。  まあ、いい。  ここまでならまだ大丈夫なはずだ。   「なんだ?」 「実はな……。化け物は仲間たちの中の誰かだ」  これもアニメの通りの展開だ。  そして同時に思い出されたのはミカに吹き込まれた法則だった。   ――『最初に犯人の存在に気付いた人』が殺されるのってテンプレよねぇ。  ……となると、今の発言でもう立っているんだろうな。  俺はちらりとディートハルトの頭の上を見た。    すると漆黒の旗が彼の頭上にはためいているではないか……。    この旗こそが『キーピング・ザ・デッド』の最大の特徴。  その名も『死亡フラグ』。  思わずため息交じりにつぶやいてしまった。   「ああ、やっぱりそうか……」 「なんだよ? おまえも気づいていたのかい?」 「あ、いや、すまん。なんでもないんだ」  そう……。  このアニメでは『死亡フラグ』を視聴者が見ることができるが、登場人物たちは気づかない。  そしてフラグを立てた人は確実に『死ぬ』というのがこのアニメ独特の設定なのだ。    次にどのキャラが死亡フラグを立て、どのように死ぬのかをハラハラしながら見ていたものだ。    その『死亡フラグ』が今の俺にも見えることが分かった。  バタバタと大きな音をたててはためいているにも関わらずディートハルトは気づいていない。  どうやら俺はこの世界の登場人物であり、視聴者でもあるようだな。  そしてぶっちゃけた話、ディートハルトのことはどうでもいいんだ。  今、俺がもっとも注意を払わなくてはいけないのは自分のことだ。    なぜなら俺、イルッカはディートハルトと一緒に『死亡フラグを立てること』になるのだから……。      しかし俺は死にたくない。  どうにかして『死亡フラグ』を回避し続けて、生き延びなくては――。    そう俺は決意したのだった。    
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