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一大決心の謎
「俺、転職して田舎に引っ越しするわ」
「え? なに?」
以前勤めていた会社の同僚だった、地方出身である友人に久しぶりに電話をかけた。
電話にでるや否や唐突に言われれば、誰だって驚き意味不明だろう。俺だって、突然何を言いだすんだと疑問に思うだろうし。
だが、今はそんなことはどうでもいいんだ。俺は高ぶった感情を抑えきれずに、友人そっちのけで話しつづける。
「毎日毎日ぎゅうぎゅう詰めの満員電車! 息をするのさえ苦しい酸欠空間! バスも同様朝の通勤ラッシュ渋滞に巻き込まれ、遅刻までのカウントダウンをし始めるハラハラ感! 仕事は毎日残業終電! 俺はもう疲れた! 田舎でゆっくり通勤くらいしたいんだ!」
「……車と免許持ってる?」
「いや、両方持ってない。俺シティーボーイだし、免許も別にいらないかなでとってないな」
暫く無言だった友人が、電話越しにも聞こえるため息をついた。
「朝4本、昼は2本で、夜3本。これなんだかわかる?」
なんか聞いたことあるな?
スフィンクスのナゾナゾか?
なんだよ、俺の人生に関わるときに!
ここは、ビシッと言ってやらないとな!
「答えは、人間!」
どうだ。
いつだって、どんな状況でも遊び心を忘れない俺の優しさ全開の答えは!
正解だろ?
「はずれ」
なんでだよ!?
これ、ひっかけ問題なのか!?
友を欺く問題を出すとは俺は悲しい!
「答えは田舎の列車やバスの本数だよ。あのさ、車と免許なきゃ田舎暮らしは大変だよ。田舎だからって何の苦労もなしに生活できる訳じゃないから。ちょっと考え方甘いんじゃない?」
何だかいつもと違い、すごく厳しい友の言い方に困惑した。優しい言葉を期待してたわけじゃないが……
いや、してたのかもしれない。
お前は頑張ってる。お前ならどこへ行っても大丈夫だと、励まし背中を押してくれる言葉を本当は待ってたんだ。勝手に期待して勝手に幻滅している俺は最低だ。
「ごめん、悪かったよ……最近疲れてて、なんか爆発してさ。忙しくて全然連絡してなかったのに、急に連絡きたと思ったらこれじゃあな、お前も怒るよな。それでお前は最近どうなんだ? 何かあったりしたか?」
「そうだな。強いて言うなら今。多分、お互い大変な状況で話してると思う」
「そうか、お前も大変な状況なのか……」
「かなり」
かなり!?
俺よりヤバイことになってるのか友よ!?
よし、それなら今度は俺の番だな。
「俺でよかったら何でも話してくれ」
「じゃあ遠慮なく。それで、あんた誰?」
「へ?」
どうやら俺の真の友の番号は、既に別の人間の番号になっていた。番号は間違いではなかった。しかし、人は違っていた。
それを知らなかった俺。
教えて貰えなかった俺。
悲しくて情けなくて、そして恥ずかしくて一人深夜の自宅で俺は笑いながら泣いた。
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