不思議玉手箱 短文集

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ふと、一寸先は闇。足を取られないように。賽の河原で子供たちが石を積んでいる。ひとつ詰んでは母のため…恐山のかむろぎ、祝詞。こけし、子消。神隠し、盲目の按摩。めしいた瞽女。啞。そのどれもが、歪んでいびつないとし子。ゆめゆめ忘れるではないよ、彼らは、大切にしてあげるんだよ。普通のものではないものが見えるのだから。 死神。鎌を持って、街をふらついている。彼らの好きな、人間の魂は、そんなところにはないよ。集めた魂をあの世に持っていて、閻魔様の前で滂沱の涙する魂たち。六文銭は、そう安かろうこともあるまい。そんなになくことはない。もう、戻れないのだからね。彼岸花。亡くなった人を想って泣く家族を現世に残して。 川べり、桜流し。陰惨なことが在りました。ゆめさかさ。夢から醒めるように、ここにいます。古い柱時計は縛っておいたからね。動かないように。動いたら、あなたは死んでしまうから。遠くで、昔の人が呼んでいます。街角から、ひょいと顔を見せて。やあ、随分昔に亡くなった人だけど、懐かしくて、会いに来てしまったよ。さあ、帰るんだ。ここは危ない。貴方は私を追いやって、川の向こうで手を振っている。もう来るんじゃないぞと。 足の爪が、黒ずんでいる。悪いことをしたから…ではなく、ベッドの角にぶつけたのです。でも…なんだか、悪しきものがとりついているみたい。黒虫。赤虫。黒鬼、赤鬼。しゃれこうべ、あめふらし。 黄金色の夕暮れ。神様仏様。祖母を殺す夢を見てしまったことは黙っておいてください。逆さの仏陀が白と黒の反転した瞳で、こちらを睨んでいる。通りを横切る黒猫。通り魔。屋根の上のカラスたちの、赤い光る眼。 ふと、覗き込む深淵、暗がりの中。日が高ければ高いほど、闇の人々は動き出す。一寸先は闇。ほら、足を取られないように。闇はすぐそこに。想い出の横丁では、死人が手招きして、君を誘っているよ、おいでおいで、通りゃんせ。ついて行っては駄目だよ。彼岸の世界へ呼ばれている。 この村は変だ。皆ひそひそとお経を唱えて、家の中に閉じこもっているし、なにか、秘密の儀式でもしているのではないか。死人を蘇らせる反魂香、線香の香りがまとわりついてきて、空を見上げると切ない入道雲が、鬼やらいがくるぞ、と囁いた気がした。夕立。秘密香、ぬくもり香。 昔のものが、問いかけてくる。貴様はまだ生きていていいのか。黒電話、赤いポスト、提灯、古銭。ジリリリ…と音がして、黒電話から、遠くへ旅に行けと指示が出る。旅に出ます。あてどない昔へと戻る旅。ほら亡くなった人が手招きしている。空にはB29。色褪せたセピア色の巻物。 遠い日の在りし日の姿かな。夕立。雷雨、遠雷、入道雲。見上げた先に、常世の常ならん。婆様が線香をあげている。遠い亡くなった人を思い出して。ほら、街角から、ひょいと、昔の人。懐かしい、昔の思ひ出。ナムカン ボタナン カーン。 おわり
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