春菜の秘密

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春菜の秘密

「樹里、寝ちゃった?」  洗い物を終え、春菜がリビングに戻ってくる。 「ああ。幸せそうな顔してる」  膝の上に乗せた樹里の頭をそっと撫でると、理人(りひと)は顔を綻ばせた。 「兄さんは? 今日遅いの?」 「うん。仕事で遅くなるって」  理人の隣に腰掛け、春菜は樹里の顔を覗き込んだ。 「じゃあ、もう少しゆっくりできるかな?」  春菜の頬に右手を添えると、理人はその顔を自分の方へと引き寄せた。 「だめ。樹里が起きちゃう」 「大丈夫。春菜が声出さなきゃ」 「意地悪……」  くすりと笑うと、理人は春菜に唇を合わせた。  理人と春菜は、大学時代に付き合っていた。大学は別だったが、同じサークルに所属していたのだ。  だが、卒業してからはお互い仕事が忙しく、なかなか会えない日々が続いたため、次第に気持ちも離れていき、自然消滅してしまったのだ。  結婚相手(大樹)が理人の兄だと知ったのは、家族の顔合わせの時だった。  既に結婚していた理人に春菜は、互いの家庭に余計な波風は立てないようにと、二人の関係は秘密にしようと持ちかけた。  初めのうちは意識的に距離を置いていた二人だったが、日を追うごとにその距離は近づいていき、気づいた時には引き返せないところまで来てしまっていた。 「樹里、ベッドに運ばなきゃ。風邪ひいちゃう」  長い口づけを終え、ようやく春菜が我に返る。 「俺が運ぶよ」  樹里の頭と身体の下に両手を差し込み、理人が優しく微笑んだ。 「そう? ありがとう」 「いいよ。たまには父親らしいこともしてみたいし」 「しっ。樹里に聞かれたら……」  春菜が慌てて人差し指を口に当てる。 「大丈夫だよ。どうせまだ意味なんてわからないだろ?」  愛おしそうに、理人が樹里の額にキスを落とした。 「二人目欲しくなったら、いつでも言って」  春菜を見つめ、悪戯っぽく理人が笑った。
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