48人が本棚に入れています
本棚に追加
春菜の秘密
「樹里、寝ちゃった?」
洗い物を終え、春菜がリビングに戻ってくる。
「ああ。幸せそうな顔してる」
膝の上に乗せた樹里の頭をそっと撫でると、理人は顔を綻ばせた。
「兄さんは? 今日遅いの?」
「うん。仕事で遅くなるって」
理人の隣に腰掛け、春菜は樹里の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、もう少しゆっくりできるかな?」
春菜の頬に右手を添えると、理人はその顔を自分の方へと引き寄せた。
「だめ。樹里が起きちゃう」
「大丈夫。春菜が声出さなきゃ」
「意地悪……」
くすりと笑うと、理人は春菜に唇を合わせた。
理人と春菜は、大学時代に付き合っていた。大学は別だったが、同じサークルに所属していたのだ。
だが、卒業してからはお互い仕事が忙しく、なかなか会えない日々が続いたため、次第に気持ちも離れていき、自然消滅してしまったのだ。
結婚相手が理人の兄だと知ったのは、家族の顔合わせの時だった。
既に結婚していた理人に春菜は、互いの家庭に余計な波風は立てないようにと、二人の関係は秘密にしようと持ちかけた。
初めのうちは意識的に距離を置いていた二人だったが、日を追うごとにその距離は近づいていき、気づいた時には引き返せないところまで来てしまっていた。
「樹里、ベッドに運ばなきゃ。風邪ひいちゃう」
長い口づけを終え、ようやく春菜が我に返る。
「俺が運ぶよ」
樹里の頭と身体の下に両手を差し込み、理人が優しく微笑んだ。
「そう? ありがとう」
「いいよ。たまには父親らしいこともしてみたいし」
「しっ。樹里に聞かれたら……」
春菜が慌てて人差し指を口に当てる。
「大丈夫だよ。どうせまだ意味なんてわからないだろ?」
愛おしそうに、理人が樹里の額にキスを落とした。
「二人目欲しくなったら、いつでも言って」
春菜を見つめ、悪戯っぽく理人が笑った。
最初のコメントを投稿しよう!