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晶は、数ヶ月前からこのサイトで小説を書いている。もちろん、理人には内緒だ。
ペンネームは『晶羅』。
本名の晶のままではつまらないため、後ろに『羅』を付けたのだ。
たった数ヶ月だが、フォロワーは百人を超え、少しずつではあるが、クリエイターとしての自信もついてきた。
今回、サイトが主催する短編コンテストのイベントに初めて参加しようと思ったのも、フォロワーたちからの熱い応援があったからだ。
コンテストのお題は『隠しごと』。
晶はここに、夫を含めたあの家族の隠された真実を赤裸々に書き連ねようとしているのだ。
晶は全て知っている。
大樹が夏美と不倫していることも。
樹里が、理人と春菜の間にできた子どもだということも。
「賞金貰ったら、末崎課長にご馳走でもしてあげようかしら?」
末崎は、妻子持ちの五十歳。
入社当初から公私ともに世話になっている、頼れる上司だ。
理人と結婚してからもずっと、人知れず関係を持ち続けてきた。
「たまにはホテル代、私が払ってあげるってのもいいかもね」
晶はひとりごちると、タイトルの欄に『偽りの家族』と打ち込んだ。
『いいかい。商品開発に必要なのは、観察眼だよ。どこに重要なヒントが隠されているかわからないからね。普段から、物事を様々な角度から見る癖を身につけておくといいよ』
末崎の教えだ。
「まさかこんなところで役に立つとはね……」
パソコン画面を見つめ、晶はひとり、ほくそ笑む。
「まさに、『事実は小説より奇なり』ね」
ふふっと笑うと、晶はゆっくり、最初の文字を打ち込んだ。
(了)
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