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運動会
J(♂32才 未婚 フォトグラファー)
F(♀31才 離婚1 ブロガー)
C(♀ 6才 Fの子供 年長)
Cの保育園最後の運動会の朝。
Jの電話 「何か手伝う事有る?」
Fの電話 「無い無い。ありがとう。」
Jの電話 「こっち機材も昼飯も準備OK。」
Fの電話 「何?え、こっち来るの?」
Jの電話 「昨日そういう話しになりました。子供の動いてる写真は難しいって、あなた言いました。覚えて無いの?」
Fの電話 「だから、プロ(業者)が撮ってくれてありがたいって…。」
Jの電話 「わかりました。俺はプロじゃないって事で。」
Jからの通話は終了した。実際会うようになってから、喧嘩が絶えない。2人はネットビジネスで知り合った。ネット上での仕事の相性は良いのだが、現実世界では、度々話しが滅茶苦茶になる。Fが電話をかけてくるのは、LINE未読が許せないからだと言う理由だ。
Fのメール 『事前に登録していないと、大人は園に入れないんです。今日はお会い出来ないと思います。ごめんなさい。』
Jのメール 『私で宜しければ何かお手伝いします。おっしゃってください。』
友達とはしゃいでいるCを園にお願いし、Fは開会前の保護者席に向かった。運動会用に園庭は可愛らしい飾り付けで溢れていた。カラフルなシートが所狭しと敷き詰められている。揺れる青葉の下で、父親達や祖父母達が、それぞれ行儀良く腰掛けたり、寝転び寛いでいる。Fに夫はいないが、まるで天国の様だと思った。その中、Jが憮然とした怖い顔で立って、Fを待ち構えていた。
F 「え?来てたの。」
Fは凍りついた。見た目から不審者だ。何時からかわからないけど、朝イチで並び、とっくに侵入していた。
J 「もう、いくわ。」
さっと行ってしまったが、機材バッグを全て置いて行った。一服しに出たのだ。
左隣のシートの男性 「後から来て、隙間に無理やり入って来てました。」
《恥ずかしい。普段苦情を言いそうも無いかたなのに、朝から嫌な思いさせて。》
前方のシートの男性 「見てよ、人ん家の(シート)ここ勝手に畳んでさ…。」
《大変!町内会の噂好きやっかいママのコワモテご主人。30㎝は折った!Jのバカ。コワモテご主人が自分の子供の為に、耐えている。》
F 「皆さん、申し訳ございません。本当にすみませんでした。」
その場を撤収しようと見ると、Jの荷物が残されている。Fは、荷物ギリッギリ迄、スペースを縮めた。そして急いで周囲のマットを元に戻す。Jが選んだそこは、靴置き場の余白だ。
F 「運動会初めてなので、よくわからなかったみたいで…。すみません。」
左隣のシートの男性 「うちも初めてですよ。」
《間が持たなくて、余計な事を言っちゃった。》
Jに連絡すると、シートに戻って来た。運動会が始まって、だいぶ過ぎた頃だ。撮影場所を探して、下見をしていたらしい。
F 「今日はもう帰ってください。」
Jは返事もせず、機材バッグを持って消えた。Fも周囲にお詫びをし、立ち去った。そして例年通り、観覧使用可能エリア隅っこの木陰に、小さなキャンプ椅子を置いた。居心地の良い自分の基地が出来た。そこから自由に移動し、双眼鏡で覗いてはCを応援して喜んだ。昼休みのアナウンスが流れる頃、親族と合流した。(昼食は保育園に近いFの家でとる。運動会の日も子供たちは、保育園のお部屋でお弁当を食べる。)写真を撮り合っている時、Jを見つけた。
《あれは、アウトだ。商業用写真を撮っている。後ろ姿ばかり狙ってるけど駄目。追い出そう。JはCの名前を出して、今日は居座るつもりだ。彼を追い出すのは私の責任だ。》
F 「すぐに止めて。撮ったものを消去しなさい。」
J 「頭オカシイのかよ?」
F 「あなたが撮影している様子を、撮影しました。ここにいる保護者のホームビデオ何台に、あなたが映り込んでいると思ってるの?業者さんより目立ってた!」
Fの気迫に知り合いのママ友が、集まって来た。Jは保護者に囲まれた中で、画像や動画を消去し続ける。Fは本部に連絡した。
ママ友1 「まだ残ってる!」
機材に詳しいママ友が、記録をチェックしてくれた。携帯のデータも開かせた。
ママ友2 「カバンとポケットの中を、見せなさい。」
容赦なく確かめる。口の中に隠さない限り、全て点検した。大量の幼児の後ろ姿と、身体のパーツ画像が消去された。勿論、園内で撮影した動画全てもだ。
J 「Cちゃんを撮るように、頼まれて来ました。Cちゃんが見つけられ無くて…たくさん撮影しただけです。」
F 「その仕事は頼んでいません。メールを確認してください。」
本部の警備係に厳重注意された後、やっとJは解放された。
F 「申し訳無くて…、なんと申し上げたらよいやら。とにかく助かりました。ありがとうございます!」
ママ友1 「気にしない。あの人より変なのが、子供達の周りにいると思う。」
ママ友2 「これからも、協力しよう!」
F 「はい。」
ママ友3 「エイエイオー!」
F 「運動会だね。」
皆 「アハハハハッ!」
昼食後、園庭に戻って来たFは、保育園の競技道具置き場に紛れて、Jの荷物が置いて有るのを発見した。あの問題を起こしたシートで、きっちり機材を梱包し、養生テープで止めている。
F 「ヤツはまだいる。それも携帯以外を捨てて…。」
電話は繋がらない。
Fメール 『荷物を移動してください。何故退出しないのですか?』
試しにメールをしたが、返事は無い。
F 「いた!」
完璧な変質者がいた。Jだ。午後最初の競技の、保護者綱引きの隊列に並んでいた。今日の自分が生きた存在理由を残したかったのだろうか?取れば何も見えなくなる筈の眼鏡を外し、黒いパーカーを脱いで、白い半袖Tシャツの腕を肩迄めくっている。どこでやったのか、前髪がつんつん立ち完全に髪型が変わっていた。さっき保護者達に捕まった男とは、もう別人だ。音楽に合わせ入場してくる。お腹を極限迄凹ませ胸を開き、肩をいからせ握った拳と眉毛に力を入れて…のっしのっし歩いてきた。
F 「どうしよう。変質者に綱引きやらせたくない!」
しかしここで、Fが走り出したり助けを求めれば、楽しい運動会が混乱に陥る。
F 「神聖な運動会を、自己満足で汚しおって。」
今やJは、正義のヒーロー登場シーン、の一番良い所だ。のっしのっしと進む。
F 「早く前行け。3メートルは間が空いてる。」
後方の保護者が詰まっていた。
入場の音楽が止み、園庭に静けさが訪れた。のっしのっしぞろぞろ側が、やっと定位置につく。直ぐにピストルの合図。Jが真っ赤になって戦っている。
F 「プッ。」
Fは可笑しくて吹き出してしまった。明日から、しばらくカメラが持てなく成る程、踏ん張っている。
F 「綱引きをなめるなょ。」
位置を交換して2回とも負けた。帰りは傷いた戦士という雰囲気で、退場していった。
F 「普通に出来んのか?君は。」
Jが荷物を放置した場所に、Fは先に到着した。荷物には触らない。破損だ弁償だになると困るからだ。自転車置き場に隠れて、少し様子を見てみた。Jは周囲に愛想笑いしながら、さらっと門を出ている。外の喫煙所で一服しているのを捕まえて言った。
F 「駐車料金結構かかってるんじゃない?帰ったら?」
J 「Cちゃんが可哀想だろ?わかんねえのかよ。」
Jは痴話喧嘩風で、この場所に溶け込んだ。他の喫煙所使用者は、Fに非難の眼差しを向けている。既に顔見知りなのだ。
F 「出番は終わりました。お引き取りくさい。」
J 「嫌です。」
しかしこの間に、何とJの荷物は、事務室の遺失物コーナーに運ばれていた。荷物の引き取りには、‘入場時の記名台帳との引き合わせと’、口頭で園児の氏名とクラス名を言う必’要’が有った。朝一番でこっそり園に潜り込んだJは、台帳に載っていない。Cの氏を忘れた、クラスも知らないと答えたJは、園長の判断で、警察の取り調べを受ける事になった。パトカーに乗ってJは去った。
Fは、警察署の生活安全係に予約を入れ相談に行った。今回の運動会での経緯と、その後に起こった事の全てだ。
F 「仕事の知り合いとはいえ、あまりに急接近でした。電話で子供と話したがり、個人情報を吸い上げられました。家の場所を特定したから遊びに来たい、と言われています。」
定期的にFの家の前を、ミニパトカーが巡回をする様になる。青いフラッシングライトが、清らかで心強かった。不安になりがちなCの心に、勇気をくれた。しかし、とうとうJがFの家に来る。
Jの電話 「今から運動会の写真を届けます。」
Fの電話 「大丈夫です。有ります。」
Jの電話 「行くって言っただろ?近くに来てます。」
Fの電話 「わかりました。」
Jはまだ車の中だ。ファザードの音が響いていた。Fは電話を切らずに、テレビの音声の前に携帯を置いて、クッションで蓋をした。キッズ携帯の緊急措置を発動させ、警察に通報する。Cと自分は一応外出用の厚着をした。2人は物件の1階住みなので、全ての鍵とカーテンと換気扇を締めた。夕方になってつけていた灯りも消す。Fが携帯を再度耳に当てると、Jはまだ1人でしかも興奮してしゃべっていた。いつものセリフが聞こえた。
J 「Cちゃんが可哀想だろ!」
F 「あなたに関わった事が、可哀想でした。どうか私達を忘れてください。」
Fは電話を切ると、携帯で警察に通報した。
5分後、ドアの前で酷いブレーキ音が鳴り、Jが来た。ドアを思い切り叩きベルを狂った様に、鳴らす。窓ガラスの開いている場所を探し、建物を2周した。中の様子も伺っている。諦めたのか、腹いせにドアを蹴りまくっている。まるで、こちらに非があるかの態度だ。
毛布に包んだCを、しっかりFは抱き締めた。嵐はいずれ去るだろう。サイレンが聴こえた。
F 「ほら来た!ホントの正義の味方が来た。」
Cはピョコッと毛布から顔を出した。Fはカーテンを開く。赤いフラッシングライトの光に照らされて、警察官らに確保されたJが見える。
C 「いっぱい来た!。」
窓の外は沢山の警察官と、パトカーが3台。
Fはドアを開けて、警察官全員に頭を下げた。Cの姿を見つけると、近所の人達が無事で良かった良かったと、言ってくれた。
Jの車の助手席には、Cに渡そうとしたのか、子供用の菓子が乗っていた。
警察によると、Jは特にひとり親家庭(父親も)を狙って執着していた。その子供たちの学校行事や園の行事に潜り込み無許可で撮影をしては、細々と収入に繋げていた。他の管轄でも、F同様の相談が有り、Jはマークされていた。今回Fは、ストーカーからの支援措置を申請した。そしてCの小学校入学を期に引越しをした。警察からは、転居先でも支援措置を申し出るように、アドバイスをもらう。
警察署員 「何か有ったら、すぐ連絡してください。」
F 「わかりました。ありがとうございます!よろしくお願いいたします!」
シュウテン
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