アラート

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アラート

H(♂41才 再婚 前妻との子が2人 自営業) N(♀36才 初婚 運送会社社員) 都会の消防団は企業が連携協力するなど、試行錯誤を重ねて存続している。過疎地では近隣で合併する等、広範囲での運営を余儀なくされ高齢化も進んでいる。 一方、昭和平成令和と団員の勧誘に困らず、組織も順調に成り立つエリアが今も存在している。都市部から企業の流入がありつつ、跡継ぎが地元に残っているP市は恵まれた自治体の中の一つ。大変活発に活動しているP市消防第36分団の夫婦の生活を見てみよう。 現在午前1時。妻のNは自宅ドアの覗き穴から、外の様子を確認していた。少し前から怪しい物音が続いている。 N「…何事?あははっ。」 ドアの向こうでは、夫のHが家に入ろうと努力をしていた。鍵が鍵穴に刺さらないのだ。ユラーンとドアに近づいては、ガシガシッとドアノブ周りを鍵でつつく。その反動で今度は後方の壁迄よろけて行く。幾度挑戦しても上手く解錠出来なくて、小太りのHの影は笑っていた。消防団の飲み会から泥酔して帰宅したのだ。 N 「開けますよ。」 内側から3回ノックをして、相手が転倒しない様に細心の注意を払い、ゆっくりドアを開けた。 H 「やぁ悪いね~。寝てていいって言ってたのにぃ~。」 先程覗き見をしていた時はHを、〔ちょっとカワイイ〕と思ったが、今は〔バッカじゃないの?〕としか思えない。消防団の制服ズボンに、たっぷりとお漏らしをしていたのだから。NはHを風呂場に誘導し、次々着ていた物を集め洗濯機に入れた。支給のブーツは無事だろうか?…どうも手入れが必要だ。屋外の様子もそっと見に行く。…変わった様子は何一つ無い。Hが風呂場を出る迄は、浴槽で溺れ無いよう耳をすませ注意する。詰所に立ち寄った洗濯物は、特に煙草臭が酷いのだ。嫌煙家のNには非常にキツかった。 風呂場でHが呟いているのが、聞こえた。 H 「俺に~、指図するな。」 Nは5年前、この町の運送会社新規営業所の、副所長としてやって来た。社内では優秀な縁の下の力持ち、地域では頼れる姐さんとして受け入れられ慕われる。1年前、行政主宰のウェディングパーティーで、消防団のHと出会い、あっさり結婚が成立した。 あっさり→この町で生まれて初めて、[ポンプ操法審査会]を、それも嵐の日に見かけたNは、とても感心した。自分の仕事を持ちながらここまでやれるとは!と。それ以来、消防団員の夫を支えてみたいという希望をもつ。 Nはまだ一度も参加してないが、消防団員の家庭は、交流の機会が用意されている。テーマパーク行き、バーベキュー他。多業種な仲間内からの、飲食等の嬉しいプレゼントもある。地元で育っていなくても、Hを通じて様々な口コミ情報も入る。…しかしNもこの3年は地域ボランティアに参加する等、自力で個人的な知り合いを増やしていった。だがHはそれらの付き合いを、快く受け入れず、むしろ出発の時に、邪魔ばかりする。 H 「金にならないでしょう。時間の無駄~!何の為に俺を置いて出掛けてる?」 Hに一時間以上の説教をされて、遅刻して信用を失った事もあった。 H 「Nがボランティアを口実に、浮気をしている様子だ。」 と、Hは周囲に相談していた。 〔私、浮気という言葉さえ嫌悪しているのに。ボランティアに行きにくくなっちゃったな。〕 Nは、家庭では塞ぎがちになる。 ある日、Hの衣服をクリーニングに出す為、ポケットチェックをしていたNは、衝撃の物を見つけた。折り畳まれたA4プリントは、小中学校の遠足風でもあり、町内会風でもある、行事のお知らせだ。Hが忘れているかもしれないと、Nは目を通した。 ……………………………………………………………………………… 企画と発行者 H他2名 内容 36分団の慰安旅行について 行き先 △△△温泉 予定 入浴と飲食後、スーパー▲▲パニオンが登場するので3次会、4次会、5次会... 、楽しんでください。 ……………………………………………………………………………… N 「‘...’って、何ですか?」 呟いて、不穏なその予定のキーワードを【検索】して、一つ一つ解明していく。 N 「スーパーオピニオンは登場しませんよ。」 〔成る程。Hお勧めの、そういう事で全国的にもそういう基盤で有名な温泉地に、団体で乗り込み、憧れのスーパー▲▲パニオンに会いに行くんだね。前回の離婚理由はこれか?だから、仕事を手放さない自立した私を、選んでいるのだ。私を甘くみて、嘘ついてばっかりだし…!〕 そう、HはNに嘘ばかりついている。Nがアパートで独り暮らしの頃、町内会活動で仲良くなった奥さんに、Hとの結婚報告をした所、 奥 「え…?H?あのHと結婚しちゃうの?」 と、絶句された。中学でHと同級生だった奥さん。彼女はこの時Hはキケンと、勇気を出して教えてくれたのだ。せっかくのアラートを、Nは無視してしまった。寂しくて、家族が欲しくて、結婚を急ぎすぎたのだ。 夕食後、Nは思いきってHに質問した。 N 「以前喧嘩した時、お金があれば風俗に行きたいって言ってたけど、考えは変わらないよね?」 H 「実際金ねぇから、行けねぇだろが。」 〔前妻の子達への養育費もちょっぴりしか払わないのに…、Nのお金は、どこに消えてるのだろう?そもそもHの税証明を、まだ見たことが無い。〕 Hは、お知らせA4プリントを広げて言った。 N 「じゃあ、この旅行のどの部分まで経費なのか?説明してください。」 Nは市民団体の代表の様に詰め寄る。 H 「そ、それは、それは、全部あの2人が勝手に決めた事で。」 Nは笑いをこらえた。 それに気付いたHは逆襲を図る。 Hはそのプリントに書かれている内容の意味が、全く分からないと言う。 H 「スーパー▲▲パニオンって何ですか~?答えてくださ~い!」 これはセクハラだ。 N 「詳しく分からないけど、自分で調べてみてください。私は驚きました。」 H 「何で俺が怒られてんの~?そもそも、予約のキャンセル出来ないから無理!」 N 「結局この慰安旅行に参加するの?」 H 「行くだろう、幹事なんだから。」 N 「この話しのお仕舞いに…。」 NはHへの説教を、試みる。 N 「消防団関連記事で読んだ内容を、話しておくね。20代・30代の男性の中には、《大酒飲みや女性との肉体関係の自慢話、賭博等には興味無し》の方が増えていて、むしろ恥と思う人がいるそう。そういう環境に、長く居れば染まるかもしれない。だけど、《これだから消防団には関わりたく無い》って、若い人に思わせてるのは、あなた方です。もしHが何も知らないで、この計画を立てていたなら、Hから何か変わる事、出来ないかな?旅行迄ひと月もあるし。」 H 「実は俺も、消防団のそういう所が大っ嫌いで、勧誘された時、入団なんか断り続けてたんだよ。でも、仕事の関係上、仕方ないだろが~!」 Hは10代から《風俗自慢話や彼女の生態暴露話》を、嬉々として友人達にしていた。本当に興味無しでうんざりだったのは、Nの学生時代からの友人達の方だ。結婚直前、‘N御披露目会’の居酒屋で、Hが席を外したとたん、友人達がNに向かって懸命に、あいつはキケンだから結婚は止めた方が良いと、教えてくれた。しかしNはHの友人達のアラートを、過去の事でしょ?私がNを変えるから大丈夫!と、笑い飛ばしてしまった。自分の愛の力で何とかなるという勘違い、又そういうNの様な人は、一生直らないという知識さえ持っていれば、聞こえた筈の大音量のアラートだった。 H 「…今回の温泉旅行には参加しないが、自分は幹事なので、ギリギリまでミーティングに顔を出したり、酒やつまみを買う準備に参加する義務が有る。」 N 「そう。では一般家庭を訪問するなら、必ず手土産を持って行って。お店じゃミーティング駄目なの?遅い時間迄ご迷惑だし、相手の家計に負担がかかると思う。」 H 「向こうが勝手に料理出してくるからいいの。こっちもちゃんと持っていってる。」  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ Nの『心配ラップ』は胸に渦巻く。 ♪週2でミーティング、本当にミーティング?業者丸投げ知ってますけど。 ♪治療放置中の、大腸ポリープ/高血圧/粗しょう症/歯周病/結石/白セン菌/ヘルペス/コンジロームその他、【拾】ってばかりいないで、【治】してから遊べ。 ♪自転車飲酒で顔面ゾンビ、建具に窓ガラスドアに八つ当たり、肩脱臼、救急車。大怪我する度、また妻にやられたヨ(言いたいネ)パーティーアーゴーゴー。 Yの格言 「女の人は怪我してる時会うべき、同情されていいことが!」 ♪‘金なら有る!’‘金なら有る!’酒飲んで今夜もYは誰かに言ってる?‘金なら有る!’‘金なら有る!’ウェディングパーティーで出会った妻。だからそのダサい挨拶、封印されて聞かされて無かった。もしも言われてたら彼女言い返す‘多分、私の方が金、有るんじゃない? Y 「でしょうね…。」 ________________________ いよいよ慰安旅行出発の朝、Hは大型バスに荷物(アルコール類)を積む手伝いをして、仲間を見送った。 半年後、Nは単身赴任をした。会社に家庭の事情を話すと、早々に異動願いが通ったのだ。同じ町に住んでいた前妻の子供達も、父親に会い易いだろう、とNは考えた。結婚間もなく、夫婦で有りながら、Nは体調不良を口実にHと関係を持つことを、拒否していた。これは、離婚理由に値する。しかし、Hは特に困る様子も文句を言う事も、無かった。だが転勤が決まった頃に1度、夫婦喧嘩があった。 H 「お前は俺をバイ菌扱いしやがる。」 N 「じゃあ、身体を大切にする努力をしないと。」 H 「なら、お前は医者と結婚しろよ。医者と付き合っていたんだろ?」 N「その人は結婚して子供がいます。ブログみたもん。」 H 「何こそこそ、そんなもん見てんだょ。それでしくしく泣いてんのか?」 N 「…。(確かに。)」 H 「浮気すりゃあいいだろ!」 Nにアラートが聴こえてきた。 〔妻は浮気相手の所へ行ってしまったと、被害者を気取るつもりだろう。平気。もうこの街には戻らない。〕 Nはお世話になった町の人達に、感謝の挨拶をして回り、お別れした。Hを心配するだけの生活から、Nは自分を解放したのだ。 2年後。 豪雨災害ボランティアの援農メンバーは、午前10時に受付を済ませると、数台の車に分乗し現場に向かった。Nが同乗させてもらったのは、現場から300km以上離れたナンバーの車両だった。移動の車内では全員で自己紹介をし合う。名札は、黄緑の養生テープに、黒いペンで手書きされたものだ。車の持ち主は、農業従事者の男性で25才。Nと同じくニュースを見て、来たと言う。あまりに遠方なので、皆に偉い!とか凄い!と誉められていた。ガソリン代も自腹だ。とても物静かで素朴な青年だった。 N 「もしかして、消防団か消防士の方ですか?」 青年 「何で判るんですか?」 N 「ドアの開閉と、発進のタイミングかな?」 青年 「自分、1番です。前回僅差で地区優勝を逃して…。」 消防操法大会全国優勝候補地のルーキーだ。他にも様々な業種の、頼りになる男女が集まり、夕方迄全力で働いた。誰一人文句を言わないし、怪我をしない様細心の注意をはらう。又、誰かが冗談を言えば、被災した人と一緒に笑い、気晴らしをした(現地の状況は凄まじい)。復旧後も再利用予定の資材を整える事も大切だ。重機出入りの用のスペースが人力で拓かれた。午後4時。作業終了の時間だ。速やかに、受付場所に戻らなくてはならない。農家の親子が、車が見えなくなる迄、手を振ってくれた。皆も振り返した。 その同じ月。強い台風が今度は、消防団の青年が住む地域を襲った。急いで最新の物流経路を調べる。 N 「ご免。行けないや…。」 Nはボランティアで、連絡先を交換しない。そもそもそんな事をする人を、まだ見たことは無い。Nは、海外旅行をするために積み立てていた貯金を全額、災害募金に寄付した。 そして、祈る。 〔あの人が無事でありますように。〕 Nはスーパーに行って、青年の地元の野菜を買い求めた。 シュウテン
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