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「なんですかここ・・・」
中年教師に導かれ、ゲートを潜った先に李空が見たのは、大量の本が並んだ書庫であった。
イチノクニ学院には国中の本を集めた図書室が別にあるが、ここにある本の数は、優にその数倍だと思われる。
所狭しと並んだ本が放つ底知れぬ圧に、七菜も口をぽかんと開けて驚いている。
「俺は国語の教師だが、専門は考古学でな。こうして資料を集め、大陸の歴史について研究をしているんだ」
中年教師は説明し、いくつかの本が積まれた机に向かった。
その内の一冊を手に取り、七菜に手渡す。
「透灰に妹を呼び出して貰ったのは、こういった本の翻訳をお願いしたかったからだ」
「これは・・・」
その本に書かれていた文字は、零ノ国の『真ノ王像』や『偽ノ王像』の石版に書かれていた文字と同じであった。
中年教師は七菜の才『コンパイル』についての噂を聞きつけ、翻訳を頼むためここに呼んだのだ。
李空も本の中を覗き込み、七菜と顔を見合わす。
「なんだ?その文字を知ってるのか?」
「えーと、いや、変な文字だなって・・」
李空は言葉を濁した。
彼を疑っているわけではないが、零ノ国についての情報を無闇に話すわけにはいかないと考えたからだ。
中年教師は怪訝な表情を浮かべたが、まあいいかと自分を納得させるように頷いた。
「それで、翻訳できそうかな?」
「・・はい。できると思います」
七菜が頷くと、中年教師は少年のように目を輝かせた。
「それじゃあ、よろしく頼むよ!」
「はい」
七菜は早速本の翻訳を始めた。
ここにある本と石版の文字が同じとなれば、石版の内容の意図を汲み取る糸口になるかもしれない。
本の翻訳は、李空らにとっても実に興味深いものであった。
「あのー。ところで、こんなにたくさんの資料どうやって集めたんです?」
手持ち無沙汰となった李空が中年教師に尋ねる。
「あー、ある人物に協力を仰いでな」
中年教師は苦い顔をして言った。
その人物も非常に気になったが、李空の関心事の本質は、別のところに向いていた。
「・・ここの本。ほとんど『禁書』ですよね」
そう、六国がそれぞれ独立している状態である今。
その監視役を担う「央」によって、自国以外の国や大陸の過去に関する情報が載った書物は禁書扱いとなっているのだ。
全ての流通は「央」を通して行われ、禁書が紛れていた場合はそこで廃棄される手筈となっている。
「そうだな。だからどうした?」
「どうしたって・・・」
中年教師は一切悪びれずに言った。
それから咳払いをし、こう続けた。
「いいか、透灰。規則には2種類ある。秩序を保つためのものと、面子を保つためのものだ。そりゃあ前者は守る必要があるだろうが、後者はそうとは限らない。要は思考を止めるなって話だ」
「はあ」
中年教師の言い分は尤もであるように聞こえるが、ただの屁理屈であるようにも聞こえた。
口数が増えたところも怪しいと、李空は思考を回転させた。
「まあ、あれだ。知の欲求には抗えないんだよ」
目を細める李空に、中年教師は苦笑で応えた。
「この場所を厳重にしている理由はわかりましたけど、俺たちに教えて良かったんですか?誰かに話したらどうするんです」
「なんだ?脅しているのか」
「いや、そういうつもりじゃ・・」
言葉を詰まらせる李空に、中年教師はふっと笑った。
「冗談だよ。俺は、人を見る目だけはあるつもりだ」
その言葉に李空は悪い気がせず、視線を逸らす。
そこに、一冊の本のタイトルが映った。
「リ・エンジニアリング・・・」
それは、零ノ国会場を襲った男が発した言葉と同一であった。
と、その時。
「やっぱりここやったか、六下」
ゲートの方向から聞こえたその声に、中年教師、李空、七菜の3人の視線が集まる。
「平吉。学院では先生を付けろと言っているだろ」
中年教師。その名を六下は、ゲートを潜ってきた平吉に向けて、ため息混じりに呟いた。
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