9人が本棚に入れています
本棚に追加
───所変わって、東の子「金」。
李空が居る、西の親「玄」とは対極とも言えるこの教室には、妹の七菜の姿があった。
「はぁ・・・」
可愛らしいため息を溢す七菜。
その理由は、兄の李空とは似て非なるものであった。
『TEENAGE STRUGGLE』決勝後。壱ノ国へ戻る李空の表情は、ひどく暗かった。
魂が抜けたような兄の姿を見て、七菜の心に芽生えた感情は、決して誇れるものではなかった。
”李空の心に陽を照らせるのは、自分ではない”
そう気付いた時、七菜の心は深く沈んでしまったのだ。
そんなことを考えている場合ではない。そう頭では理解していても、感情は言うことを聞かない。
そんな自分が嫌になり、七菜の心を覆う雲はどんどんと厚みを増していった。
そんな具合に、兄と同じく授業に全く身が入らない七菜を他所に、東の子「金」の講義は進んでいく。
「つまり、才の性質や効果に名を付ける行為は、才という曖昧な存在を自分の中で明確化する意味合いを持つ訳です」
教壇では、オーバル型の眼鏡からお堅い印象を受ける女性教師が、才の性質について話している。
東の子「金」クラスの生徒たちは、至って真面目に話を聞いていた。
「それでは、実際に試してみることにしましょう。翼さん。前に」
「はい」
女性教師に指名された、翼という名の女生徒が立ち上がる。
長い黒髪を一本のポニーテールにまとめた、いかにも真面目そうな女の子だ。
「効果に名を付け、才を発動する。出来ますね?」
「はい。やってみます」
翼はコクンと頷くと、意識を集中するように目を閉じた。
それからパッと目を開き、
「『サイクリックリダンダンシーチェック』」
と、口にした。
それに合わせて、教室に置かれた物のいくつかが宙に浮かんだ。
生徒の間で「おお!」と声が上がる。
それぞれの机に出されていた鉛筆や消しゴム、教室の隅に出しっ放しになっていた箒など。それらは意思が介在するように空中を移動した。
して、筆記具は筆箱に、箒は掃除用具入れに。それぞれ所定の位置へと戻っていった。
その様子を眺め、女性教師は満足げに頷く。
「彼女の才は『誤りを正す』というのが主な能力ですが、このように得たい効果に名を付けることで、才の範囲を制限することが可能となります。皆さん、覚えておきましょう」
呼びかけると、生徒の間から「はーい」と純粋な声が返ってきた。
「翼さん。戻っていいですよ」
「はい」
ぺこりと一礼し、翼は元の席に戻っていく。
「才の制御は非常に繊細なものです。才を発動する際は、他人に危害を加える可能性を常に頭に入れ、細心の注意を払いましょう」
「「「はーい」」」
「それでは、少し早いですが授業はここまでとします」
女性教師が教室を後にする。
生徒たちが談笑を始めるなか、七菜の表情には、新たに怯えの色が浮かんでいた。
最初のコメントを投稿しよう!