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七菜の怯えの理由は、至極単純なものであった。
翼という名の女生徒が発動した才によって、七菜が日頃から身に付けているカチューシャが外れたのだ。
七菜が付けているカチューシャは、ただのカチューシャではない。
その名を『サイノメ』と言い、周囲の景色を情報として直接頭にインプットする「サイアイテム」だ。
『サイノメ』は、盲目な彼女の「目」の代わりを担っている。
それが外れたため、七菜の視界は真っ暗となった。
圧倒的な暗闇は七菜の弱った心を蝕み、覆う雲は厚さを増して暗くなり、雨を降らした。
「くうにいさま・・・」
外れたカチューシャを探すこともせず、七菜が震える小さな身体を抱いていると。
「大丈夫あるか?」
どこからか、そんな声が聞こえた。
と、続けて七菜の頭に何かが触れる。誰かの手によって付けられたカチューシャから取り込まれた景色には、一人の少年の姿が映っていた。
「みちる、くん・・・」
その少年は、壱ノ国代表が一人、犬飼みちるその人であった。
彼もまた、七菜と同じ、東の子「金」の生徒の一人なのである。
「李空のことえるか?」
みちるの左手に嵌められた人形「える」が、七菜に向けて問いかける。
七菜は顔を上げ、自分の気持ちを整理するように言葉を吐いた。
「自分にはどうすることもできない。必要とされているのは自分ではない。どうしても一番にはなれない。そのことに気付いてしまった時、人はどうしたらいいのでしょうか?」
到底10歳の少女の質問とは思えぬ内容に、みちるの両手に嵌められた人形たちが「うーん」と唸る。
暫しの沈黙の後、「ある」と「える」は言った。
「問いの対象はさておき。不可能を可能にした男を、主人は一人知っているあ〜る」
「その男は、最強と謳われた男を倒し、一番を手にしたえ〜る」
その言葉に、七菜はハッとしたように口を開いた。
そうだ。くうにいさまは身を以って教えてくれたではないか。
どんなに困難な道でも、ゴールに辿り着く可能性はゼロではないと。
同時に真夏の言葉を思い出す。
”ビリビリさんじゃ、りっくんは倒せないよ!”
そうだ。泥棒猫は言っていた。
思っていることがあるなら、口にして伝えねばならないと。
一番でなくてもいい。くうにいさまを支えられる存在でありたい。
道しるべを失った今のくうにいさまには、どんなに薄くとも「光」が必要なはずだ。
くうにいさまの「太陽」にはなれずとも、暗がりをそっと照らす「月」にはなれるはずだ。
パッと表情を明るくした七菜は、みちるに顔を向け、
「ありがとうございます、みちる君!」
ニコッと微笑み、携帯電話を取り出しながら、足早に教室を去っていった。
「その顔は反則だ・・・」
残されたみちるはボソッと呟き、恥ずかしそうに顔を背けた。
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