10人が本棚に入れています
本棚に追加
「どうした七菜。こんなとこに呼び出して」
放課後。妹の七菜に電話で呼び出された李空は、イチノクニ学院の食堂にいた。
昼時は若者の活気に満ちた場所であるが、今は人もおらず閑散としている。
「くうにいさまにお願いがあって」
「お願い?」
李空は妹に心配をかけぬよう、精一杯いつも通りの顔をつくって聞き返す。
七菜は意を決したように口を開き、こう続けた。
「ななはもう、くうにいさまに遠慮をしません。だから、くうにいさまは、ななの前で嘘をつくのを止めてください」
「え・・・」
思いがけない言葉に、李空は確かな衝撃と共に戸惑いの声を漏らす。
七菜はすっきりしたように表情を和らげると、脈絡の感じられない雑談を始めた。
「ななの寮の部屋が泥棒猫と同じだとわかったとき、ななは心底嫌でした。はっきり言って、最悪です。実際生活が始まった今も、その気持ちは変わりません。掃除はしないし、洗濯物を畳まないし、ななのプリンは食べるし。全くもって、最低です。でも───」
そこで一度間を開け、こう続けた。
「最悪最低の泥棒猫でも、部屋に居ないと寂しいんですよね」
目覚まし代わりの真夏の声。毎朝繰り広げられるドタバタがない1日の始まりは、何とも寂しいものであった。
「京夜さんはともかく。泥棒猫は一人じゃ生きていけない生き物です。そして、二人を救えるのはくうにいさまだけだと。ななはそう思います」
「でも・・・」
李空の脳裏にあの男たちの影が過る。
全くもって未知数な、桁違いの強さを秘めた男たち。あいつら相手に救出作戦を完遂するなんて可能なんだろうか。そんな不安がどうしても拭えない。
「くうにいさまは壱ノ国を優勝に導き、不可能がないことを証明してみせた。違いますか?」
「・・・・・」
「くうにいさまが為すべきことを。くうにいさまがしたいことを。くうにいさまが進みたい方向に。ただまっすぐと進んでください。その道が真夜中のような暗がりなら、ななが必ず照らしてみせます」
「七菜・・・」
七菜のどこまでも真っ直ぐな言葉に、李空の心を覆う雲が僅かに動き出す。
「雲が星を隠すなら、雲の下に星を撒く。雲が月を隠すなら、風を起こして吹き飛ばす。雲が太陽を隠すなら、雲を突き抜け会いにいく。くうにいさまはそういう人だと、ななはそう信じています」
最後に閉ざされた瞳で李空をまっすぐに見据え、七菜はこう付け加えた。
「くうにいさま。二人を助けましょう」
「・・・そう、だな」
空を覆う雲の隙間から、淡くも力強い月光が届く。
その光は、李空の両目に確かに宿った。
「七菜の目を治すことが俺の役目なのに、逆に俺が目を醒めさせられたみたいだな」
李空は苦笑を浮かべた。
「七菜の光を取り戻す。京夜を探し出す。真夏を救う。さあ、やることは山積みだ!」
「はい!」
元に戻った李空の表情に、七菜は優しく微笑んだ。
と、その時。
食堂の扉が開き、一人の男が姿を現した。
最初のコメントを投稿しよう!