フェーズ1

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 始まりは、一通のメールだった。  その冬一番の冷え込みが東京で観測された朝、私はいつものように、午前六時に目を覚ました。  前日の深夜残業のせいで、身体を完全に休められたのは三時間にも満たない。しかし、そんな状況でも、私には起きるという選択肢以外はなかった。言うなれば、それは雇われプログラマーとしての使命であり、会社員としての宿命でもあった。  眠い目をこすりながら外に出ると、鉛色の空から、白い雪が舞い降りてきた。雪を見るのは久しぶりだが、特に感慨はなかった。今月の労働時間が、過労死ラインを大幅に超えている私の頭の中にあったことは、ただ一つ、都心の交通機関が、私を無事に職場まで送り届けてくれるかどうか、ということだった。  本音を言えば、こんな日は有給休暇を取って、自宅で動画でも見ながら、だらだら過ごしたい。  今日で二十二日連続の勤務になるのだから、それくらいのわがままは許されてもいいはずだ。しかし私の上司は決して、首を縦には振らないだろう。  理由は簡単だ。いま参加している開発案件のスケジュールが、大幅に遅延しているのだ。それも、気が遠くなるくらいに。プロジェクトには毎週のように、増員されたエンジニアが何人も投入されているが、進捗の遅れは解消されるどころか、逆に拡大していた。  そんな状況で休みを取ろうものなら、何を言われるか、わかったものではない。私一人が休んだところで、負け戦が確定しているプロジェクトには、微々たる影響すら与えないはずなのだが、上司は「チームの士気が下がる」とか言って却下するだろう。  雪が降ろうとも槍が降ろうとも、兵隊には出社することが求められる。そういうわけで、私は雪の中、黙々と会社に向かう。
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