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「すみません、じゃねえわ。寝入り端をニワトリなんぞに叩き起こされちゃあ誰だって迷惑だろうが、おい」
「寝入り端を、ですか?」
「ちぃとばかり寝つきが悪いもんだで、ワシが布団に入るのはいっつも明け方なんだがや」
「はぁ……なるほど」
この寝つきが悪い爺さん以外に鶏のことで苦情を言ってきた住民は一人もいなかった。駐在所の周辺は田畑ばかりで民家が少なく、ちょっと早起きなだけの鶏よりも作物を荒らすカラスのほうがよっぽど罪深い。
「そもそも、おみゃあさんたらぁ公務員は国民の血税から給料をもらってんだろう? その公務員が大切な納税者様の安眠を妨害しちゃあいかんだろうが?」
「はぁ……ごもっともで」
のらりくらりと話をかわす僕に苛立ったのか、爺さんはチッと舌打ちをして、
「はぁはぁ言っとらんと、わかっとるならサッサとなんとかしやぁて、おい!」
机越しに胸ぐらを掴まれたものの殴りかかってくる様子はなく、僕はやんわりと爺さんの拳を押し戻した。
「しかし、なんとかしろと言われましても?」
「食っちまえばいいがや」
「えっ?」
「人間に食われてナンボだがね、雄鶏なんだで」
「それはまぁ確かにそうかもですが……」
そろそろ引き揚げてくれないものだろうかと、僕は腕時計を見た。午前一時を少し回ったところだった。
一人暮らしの淋しい老人がふと話し相手を求めたくなる気持ちはわからなくもないが、昼間ならまだしも、である。
「食べると言っても、いったいどうやって食べたら?」
「水炊きにでも唐揚げにでも好きにしやぁいいが」
「いえ、そういう意味ではなくて」
「絞め方がわからないってか?」
「はい」
釣りが好きだから魚は三枚におろせるけれど、鶏を絞めたことは一度もない。
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