12人が本棚に入れています
本棚に追加
/181ページ
空彦は困ったように笑うと、
「遅刻するぞ」
ともう一度、優しく言った。
「一緒に行こうよ。制服だってちゃんと着てるし、そのまま学校に行けばいいだけでしょ? なんでダメなの?」
「今日は珍しく親が帰ってきてたからさ」
「うん。家行ったら、おばさんに空ちゃんが学校行ったって聞いたから」
「じゃあ、なんで学校に行かないんだよ?」
「だって、絶対に行ってないと思ったから」
「さすが風子」
おどけて言う空彦の笑顔に風子は悲しくなった。
「関係ないよ」
「なんで?」
「みんな知ってるから」
「ああ……」
空彦はつまらなさそうにうなずき、
「だから田舎は嫌なんだよな」
と町を見下ろした。
カザミ町は、カザミ島にある唯一の町だ。
カザミ島はクジラが大きく口を開いているような形をした小さな島で、その喉元にカザミ町はある。
緑豊かな丘陵地が広がり、町の南北にはクジラの歯と呼ばれる山脈が走っている。そして、クジラの口にある海峡からは鋭い風が常に吹きつけており、風の孤島などと呼ばれることもあった。
風子もつられて町を見下ろした。
正面には風子たちが通うカザミ商工高等学校があり、たくさんの生徒たちが登校している様子が見えた。
同じ視界の端には海が広がり、波間でキラキラと陽の光が揺れている。
そして、その手前には巨大な風力発電施設があった。しかも、その隣では新たな発電所が建設中だ。
カザミ島は風力発電の中心地であり、島の住民のほとんどは発電所で働いている。
もちろん、風子と空彦の親もそうだが、とくに空彦の父親は発電所の所長であり、母親は研究所の部長を務めている。
来年には新しい発電施設が完成予定ということもあり、最近は二人ともほとんど家には帰ってきていないらしい。
最初のコメントを投稿しよう!