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ピロリンッ。
途端、背後から大きな音が聞こえ、慌てて飛び起きた。
静寂に訪れたもう一音に一瞬驚くも、振り返って見れば、ただスマホの通知が来ているだけ。それにしても、こんな夜遅くに連絡をしてくるとは。なんて、溜め息を吐きながら、送り主の名前を確認した。
彼女。彼女の名前が書かれてあった。
そのメッセージは紛れもなく彼女からのもの。ただ、いつものトークアプリではなく、メールだった。
『天河 達樹くんへ
急な連絡、また夜分遅い連絡をどうか許してください。私は今日が終われば、もう高校生じゃなくなります。本当は、私の愛する人だけに送るつもりだったんだけど、どうしても送っておきたかったので、送らせて頂きました。こんな私と、ずっと昔から仲良くしてくれて、本当にありがとう。天河君からすれば、私は都合の良いモデルだったんだろうけど、私からすれば嬉しかったんです。恋人でもないどころか、天河君を避けていた私と、それでもよく話してくれたのは覚えています。あと、今日の写真から出来た絵をまた会うことがあれば、見せて欲しいです。では、御元気で。
三坂 奈穂より』
堅苦しい長文だった。読み辛くて、仕方が無い。
……本当に、本当に、本当に。
「なんなんだよっ」
叫ぶ。
唐突に告げられた別れの挨拶。それも、僕を特別扱いした取っておきの挨拶。
でも、そこには別れの理由なんて何処にも無い。理由もない別れに、如何納得しろと言うのか。
部屋中に張り詰める空気は、動くことなど出来なくなってしまった。
胸にはまるで何十本もの矢が刺さったように痛い。苦しい。辛い。
この気持ちは––––。
内に秘め続けていた想い。ずっと言えなかった想い。そして、もう永遠に言うことの出来ない想い。彼女の側に居たからこそ芽生えたこの想い。
––––好き。
ふと、花瓶に刺されていたヒヤシンスが目に入る。すると、心が締まる感覚とともに、手は筆を持ち、腕は動き始めた。
夜空を写したかの様な一輪のヒヤシンスを夕焼けた廊下の端にそっと描く。ぼやけた視界の中、この気持ちを託して。
そして、それの写真を撮り、画像として送った。そして、『保存したよ。最後までありがとう』の言葉だけ見ると、トークアプリの友達一覧画面を開き、彼女のアカウントをブロック、消去する。
だが、堪え切れるはずもない。折角用意した夜食も喉を通らぬまま、部屋の電気を消し、布団の中へと潜り毛布に包まった。
静寂に酔う午前零時。藍の闇に包まれた部屋の真ん中には、蒼い雫がこぼれ落ちたようなようなヒヤシンスの花弁が一枚、床に落ちていた。
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