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わたしは共演のベテラン俳優のSNSを開くと、使い捨てのアカウントで動画を貼り付けてやった。ホテルの一室で無名の若い女優から接待を受けている短い動画。顔をモザイク処理しておいたから言い逃れには困らないだろうが、ベテラン俳優が気づいて削除する頃には各方面に拡散されている。ちなみに動画は女優のPCから拝借。
お仕置きはこれぐらいにしておこう。ドラマの放送自体が中止になってもつまらない。彼は崖を背に追いつめられる真犯人の役だったが、それゆえに尺も長く、メンバーとの不仲説が囁かれているアイドルグループを抜けて俳優として独り立ちしたがっている彼には好機なのだ。
その日の痕跡を消して電源を切ろうとしたとき、彼のブログが更新されたことを知らせるプッシュ通知が届いた。一晩に二度の更新は珍しい。
「僕なんてもう、とっくに終わってる。
君が見てるのは、僕の残像。
あのベテルギウスのような、ね。」
君が見てるのは? 君って──誰?
わたしは窓を開けてベランダに出た。夜風に身震いをしながら晴れた空を仰ぐと、すぐにオリオン座が見つかる。
燃えるように赤く輝くベテルギウスはオリオンの右肩。すでに寿命を終えて超新星爆発が起きていると言われているその赤色超巨星は、肉眼でも妖しく歪んで見えた。
ふと視線を下げると、向かいのマンションの屋上にスッと人影が動いた──彼だった。わたしは彼の住むマンションの向かいに部屋を借りていたのだ。
「えっ? ちょっと待って。なんなの?」
屋上のフェンスを乗り越えて縁に立った彼は、わたしがいるベランダを見下ろして微笑んだ──ように見えた。
いつから知っていたの? わたしがあなたのPCをハッキングしていたこと。
知っていたならわかるでしょう? あなたをそんな場所に立たせるつもりで見守ってきたわけじゃないって。
ハッキングで偶然、あなたが違法な薬物に手を出していると知り、その取引を片っ端から妨害することで、わたしは闇に蝕まれていくあなたを救いたかっただけ。
「──やめて!」
彼が地球の引力に身を委ねる瞬間、わたしは思わず手を伸ばしていた。
届くはずもないのに。
(終)
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