ベテルギウス

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ベテルギウス

 残暑が長かったせいか、秋を感じないまま冬が来た。  賃金の発生しない残業を終えて帰宅したわたしはノート型PCの電源を入れ、日付が変わるまでの僅かな時間をルーティンワークのパトロールで過ごす。  まずは公式ファンサイトとオフィシャルブログ。ここらはまぁ割と平和で安全。それでも新規の投稿には一通り目を通し、万が一にでも彼に仇なす者がいれば叩く。  次に私設ファンサイト。これは無数にあるため全部は巡回できないが、互いの首に手をかけながら微笑み合う彼女たちはいずれも、もしかしたら彼が見てくれているかもしれないという願望的妄想に憑かれた可哀想な信者たち。彼になりすました偽者が現れたときがわたしの出番で、そういう不埒な存在は一人残らず抹殺する。もちろん、実際に殺すのではなくて、おまえのPCはすでに死んでいる的な天誅。  最後は彼自身のブログ。ここでの滞在時間がいちばん長いかもしれない。週に二回、所属事務所にも関係のない個人アカウントで更新されるそれは本人以外の誰に対しても非公開で、素顔の彼が日々を呟くためのものだった。 わたしがそのブログの存在を知るに至った経緯は法の底辺に触れるので明かせないが、そこに綴られているのは人気アイドルグループの一員でも俳優でもない、ただの一人の人間としての日常。休日にどこへ行ったかとか何を食べたかとか、嬉しかったことや悲しかったこと、今どんなことに興味があって何を考えているのか、など。  それらにはいつも下手くそに撮った写真が添えられていて、気取ったポーズの自撮りが掲載されることもある。全裸写真のときは少し呆れたが、知性派キャラで通している彼にそういう馬鹿でナルシストな一面もあると知ることができたのは大きな収穫かもしれない。  その夜は小一時間ほど前にPCから更新されていて、ドラマのロケで昨日まで地方にいたこと、共演のベテラン俳優がNGばかり出したせいで海に飛び込むシーンを何度もやり直させられたことが書かれていた。写真は湿気って四方がヨレヨレになった台本。 「──ベテルギウス?」  表紙に印刷されたタイトルは目に留まった瞬間、音になって喉から吐き出された。  半年前にキャスティングが発表された時点ではタイトル未定だったが、それに決まったのか。ローカル局が制作の二時間サスペンスで、あまり話題になっていない。
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