花火に落ちる影は揺れていた

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 にぎやかな場所だった。屋台が並び、沢山の人が右往左往している。そんな人混みの中を一生懸命進む。もう十九時を回ろうとしているのだ。一番ピークの時間帯なのだから、この状態は頷ける。 「流石に、大変だね」 「ちょっと脇道でもしようか」  大通りから外れ、人通りの少ない道なんかも使いながら、神社の前の大通りをぶらつく。この地域だと、結構大きい祭り。知り合いなんかがいてもおかしくはない。 「離れ、ないでね」  そんなことを気にするどころか、御構い無しに彼女の手を取り、人混みをかき分け進んで行った。  屋台をはしごして、沢山のものを買っていく。焼きそば、リンゴ飴なんかも食べた。しばらく歩くと、金魚すくいの屋台を見つけ、心のゆくままに楽しむ。  もう、さっきまであったモヤモヤなどは吹き飛んでしまうくらい、はしゃいだ。  彼女は金魚すくいに夢中になっていて、軽く袖は濡れているみたいだった。  そんな彼女の横顔は、とても楽しそうで、とても輝いていた。嘘偽りのない純粋な笑顔。最高に綺麗だった。  小さい頃もこうして近くのお祭りに行き、楽しんでいた。その時も金魚すくいしたっけ。綿菓子を買い、美味しそうに頬張る姿はあの時と何も変わっていない。  だが、時折見える切なさは彼女の笑顔を曇らせてしまっていた。  射的やくじ引きなんかもして大体の屋台を回り終える。  時刻は八時を過ぎる頃、沈黙のまましばらく歩いた。 「ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」  そう言って彼女はどこかへ行ってしまった。ただ、追いかけはしない。それがいいというよりは、そうしなきゃいけない気がして。  そのまま只管(ひたすら)待った。どれだけ待っていても、理沙が現れる様子はない。気が付くと、花火が打ち上げられるまで後一分程度だった。  だが、僕の隣には彼女の姿がなく、無慈悲にもそのまま花火が打ち上げられる。手に握られた携帯の画面には『現在繋がりません』の一文が表示され続けており、メッセージにも何の反応もなかった。  ただ、なんとなくだが、そんな気はしていた。もうアレで終わり、あの時に終わったのだと、そう思わざるを得ない。  俯く視線にも花火の鮮やかな光は目に入る。色も形も様々な花火。だが、泡沫の煌めきだからこそ美しく見えるものだ。  数十分に渡った花火も終わった頃、携帯を見ると一件のメーセージが届く。 『神社の奥に来て』  その一言だけが送られてきた。 「陽ちゃん遅い。十分も遅刻だよ?」  そんな声が何故か愛しく、儚く思えた。 「遅刻したのはどっちだよ」 「ご、ごめん。……ねぇ、花火を見逃しちゃったからさ、ここで線香花火でもしよ?」  そうした彼女の足元には水が入ったバケツにロウソクとライター、彼女の手には線香花火が握られていた。 「綺麗だね」 「……そうだね」  パチパチと弱い光を放ちながらも、鮮やかな火花を散らせ、消えてゆく姿で(とりこ)にするのは、きっと打ち上げ花火もこの線香花火も変わりはしない。  でも、何かが違った。さっきから感じる切なさの正体は未だ掴めていない。やはり、そんなときに動くのは彼女だった。 「陽ちゃん、大好きだったよ。そして、これからも大好き」  彼女の頬は既に濡れていた。それを見た途端、僕には何も出来なかったと言う無力さに俯いてしまう。 「陽ちゃん、せっかくの告白なんだからそんな顔をしないで」 「だって……僕は何も……」 「ううん、陽ちゃんは私に沢山のことをくれたんだ」 「何も出来なかった……」 「私を助けてくれたんだよ、私が大変だったときに陽ちゃんは助けてくれた」 「………」 「だからね、お礼を言いたいんだ。ありがとう」  瞳が潤んだ彼女は僕と唇を重ねた。 「じゃあね、陽一くん」  刹那、小さく光っていた火花は、ポトンと落ちていった。  その日の出来事はもう遠い夢の中にしまわれた。  どうしてだか、最後にあったときに貰った言葉は今もしっかりと残っている。 「好きだよ」
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