最終話 半年後

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 ホテルまでは歩いて15分。住んでる所と同じ15区にある。  ホテルに入ると受付に叔母がいた。そして叔母と向かい合うように長身の黒髪の男性が立ってる。  紺色のジャケットを着た後ろ姿を見た瞬間、息が止まった。 「葵、こちらのお客様、ご案内してくれる?」  入口で茫然と立ったままの私に叔母のハキハキした声がかかった。  叔母と向き合っていた男性がこっちを見た。黒縁眼鏡がかかるその顔をよく知ってる。  目が合った瞬間、じわりと涙が浮かんだ。  これは夢?  だってここは東京から1万キロ以上離れてるパリだよ。15区にある叔母さんのホテルだよ。この場所を知ってるはずないのに、目の前にいる人が森山君に見える。  背が高くて黒髪で、眼鏡をかけてて、いつも真っすぐに私を見てくれて……。  信じられない気持ちでいると、目の前に来た森山君が強く私の腕を捕んだ。それから抱きしめられた。ふんわりとシトラスの香りがする。森山君の匂いだ。 「葵さん、会いたかった」  半年ぶりに聞いた声だ。優しくて、あったかくて、いつも私を大事に呼んでくれる声。もう一度名前を呼んでもらえる日が来るなんて。離れなきゃいけないのに、逃げ出さなきゃいけないのに、森山君の腕を振りほどけない。  だって会いたかったんだもん。恋しかったんだもん。  抑えていた気持ちを解放するように強く森山君を抱きしめた。  夢じゃない。本当に、本当に森山君だ……。 「ずっと捜してたんですから。手紙だけでさよならなんて酷いです。今日まで生きた心地しなかったんですよ。俺、本当に心配したんですから。いきなりホテルからいなくなって、会社も辞めて、夏目さんも葵さんがどこに行ったか知らなくて……俺、葵さんの実家まで何度も行ったんですよ。でも、お父さんもお母さんも知らないって言ってて……」  森山君の声に涙が混じってた。  私の事、一生懸命探してくれてたんだ。 「俺の事嫌いでも、いきなり消えるのは止めて下さい。こんな辛い事はもう耐えられませんから」  森山君の顔が涙でくしゃっと歪んだ。  それから、私の肩に顔を埋めて泣いた。森山君が感情的に泣く所を初めて見た。物凄く心配してくれてたんだ。私の事をずっと捜しててくれたんだ。ごめんね、ごめんね、森山君……。
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