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アイスを持ったまま鏡の前に座らされた。
ドライヤーは壁にくくりつけになっているので、この場所でしか使えなかった。
「アイス、冷凍庫に入れてきます」
私の手からアイスを取ると、森山君はバスルームから出て行き、すぐに戻って来た。
「じゃあ、始めましょうか」
森山君がドライヤーを持って、私の髪に熱風を当てた。
大きな手は風がよく当たるように、繊細に髪の間を動いていた。
美容師さんみたいに女の髪を扱うのが意外と上手だ。
もしかして、新井さんの栗色の髪にもやってあげてるの?
「彼女にもやってあげてるの?」
新井さんとの事を聞きたくて、遠回しに聞いた。
「え?何です?」
ドライヤーの音が大きいから聞こえないらしい。
「だから、彼女の髪もよく乾かしてるの?」
さっきよりも大きな声で訊ねた。
「その表現は少しおかしいですよ」
「どうおかしいの?」
「現在形ではなく、過去形で聞くべきです。今は彼女はいませんから。この場合、聞くなら『彼女の髪も乾かしてあげてたの?』です」
「現在形に過去形って英語の授業聞いてるみたい。細かいのね」
「言葉は大事ですから。人は些細な事ですれ違うんです。春川さん、何か俺に言いたい事があるんじゃないんですか?」
「えっ」
「由香ちゃんとの関係についてとか」
鏡越しに目が合ってドキッとした。
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