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「俺が嫌だったんですよ。あの人が葵さんの事を親し気に『葵』って呼ぶのが」
森山君が短く吐息をついた。
そんな風に思ってたなんて知らなかった。
「こっちこそすみません。つまらない嫉妬で余計な事を言って」
嫉妬って言葉が甘い。
なんか森山君が本当の恋人みたいに思えてくる。
「全然余計な事じゃないよ。私、あの人と酷い別れ方をしてたから見栄を張りたかったの。私こそ森山君を利用してごめん」
「そんな事ないです。やっぱりあの男、殴れば良かった。葵さんを泣かせるなんて許せない」
「私の為に殴ってくれるの?」
「恋人ですから」
「代用品でも嬉しい」
「あの男の事、聞いてもいいですか?」
「何を知りたいの?」
「どのくらい付き合ったとか」
「三年ぐらいかな。あの人、卒業式の日に別れようなんて言い出したんだから」
「卒業式の日ですか」
「おかげで一生忘れられない卒業式になっちゃった。その時まで二股かけられてる事も知らなかったのよね。だってその前日にエッチしてたんだよ。いつも行くラブホで二時間愛してくれて。あの人の腕の中で幸せだって思ってたの。私って鈍感よね」
話しながら当時の胸の痛みを思い出した。あんなに辛い想いは二度としたくないって思った。
だから私は恋に臆病になったのかも。
恋は眺めるだけで、寂しさは仕事に熱中する事で忘れようとしてたのかもしれない。
「本当に私ってバカよね」
心配そうな視線と合った。
「ごめんなさい。重たい話だったね」
「いえ。話してもらえて良かったです」
「良かった?」
「葵さんの事は何でも知りたいんです。辛い思い出だったとしても。俺は葵さんを理解したいですから」
森山君が温かい笑顔を浮かべた。
理解したいなんて、真人にも言われた事なかった。
私と向き合ってくれてるんだ。
感動して、ちょっと泣きそう。
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