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1話 森山君
「春川さん、最後に彼氏がいたのはいつなんですか?」
3コ年下の森山涼介に聞かれた。
職場の飲み会で、彼と偶然席が隣になった。
普段は仕事の話しかしないけど、今夜は自然とプライベートな話までしていた。
「うーん」と腕を組み、質問の答えを考える。
「大学生の頃だったかな」
森山君が黒縁眼鏡の奥の瞳を丸くした。
何?引かれるような変な事言った?
「って事はこの10年、彼氏がいないって事なんですか?」
10年という言葉が引っかかる。
「森山君、私の事いくつだと思ってるのよ。そんなに経ってないわよ。大学を卒業して……」
改めて考えると10年経ってる。
「10年でしょ?春川さん32歳なんだから」
私、10年も一人なんだ……。
この10年、仕事しかしてなかった。
大学の友人は次々に結婚して子供を産んでるのに。
辛口の純米吟醸酒をぐいっと飲み込んだ。
身に沁みる程うまいけど、そう感じるのが妙に寂しい。
同じテーブルにいる20代の女の子たちはワインとかカクテルを飲んでる。このテーブルで日本酒を飲んでるのは私と森山君だけ。
おやじだな、私。
「怒りました?」
黙って日本酒を飲み続けていると、森山君が気遣うようにこっちを見た。
「別に。そういう森山君こそ彼女いるの?」
森山君が口の端を上げて苦笑いをする。
「僕も大学卒業後につき合った人はいないですね」
「なんだ。同じじゃない」
「同じではないですよ。僕はまだ7年しか経ってませんから」
森山君が7年という言葉を強調する。
「10年も7年も一緒だって」
森山君の広い背中をバシバシ叩いた。
「違いますよ。10年も経ってませんから」
「同じだって」
「違います」
「同じだって」
「違います」
無駄なやり取りが続いた。
同じテーブルの女の子たちが困ったような、呆れたような笑みを浮かべてた。けど、私も森山君もどっちも引かず、このバカらしいやり取りは、飲み会が終わるまで続いた。
最後の方はなんでこんな下らない言い合いをしているのか、わからなくなってた。
今夜は飲み過ぎたかも。森山君がお酒をどんどん注いでくれるから。
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