荒田優美、1

10/10
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ
「肌身離さず持ってて。絶対! 絶対だよ!」  そして有無を言わさず施錠する。長いため息をつき、私は閉めたばかりの扉に身をもたせた。  ポケットに仕事用の携帯電話が入っていたことを思い出し、急いで預けた方の携帯に宛てたメッセージを打ち込む。とにかく何か送らなければ、すぐそこに携帯を置いて帰られてしまうかもしれない。 『そうき』 『冗談に聞こえるかもしれないけど、ほんとに不安なんだ』 『創記が死ぬんじゃないかって』 『五年前に死んだ大事な人と、今の創記が似てるから』  四通のメッセージを送った途端、力をなくした手から携帯が滑り落ちた。ひとりよがりな文章だ。私にできることなど何もない気がした。彼が私の予測通り死のうとしているという確証もない。勝手な杞憂で迷惑をかける、厄介なモトカノに過ぎないのかもしれない。  しかしそれはずっと楽観的な考えだとも言える。何故なら私は知っている。全てを気のせい、思い過ごしだとして、兆候を無視した後に待っていたどうしようもない結末を。集る蝿に蛆に忘れられない腐臭。変わり果てた大好きなお兄ちゃんの姿。  人はきっと、自覚する以上に色々なことを分かっているのに、分からないふりをしてしまう生き物なのだ。言葉にできない感覚を嗤えば、言葉にできない感覚に泣かされる。私はもうあんな後悔をしたくない。そのためなら、何だってしてやれる。  落ちていた携帯を拾い上げ画面を覗くと、メッセージの横に既読を知らせる印がついていた。扉に押しあてた背中が少し暖かく感じる。安堵で、瞼があつくなる。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!