荒田優美、1

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 私はまた駅でやったように、真っ直ぐ創記を見つめる。そうするとすぐに創記は困る。ふいと彼に背を向け、知らん顔で保冷剤を替えてやる。わざと大きな音を立てながら。 「何にせよ、少し時間が必要みたい」  私が戻ると彼は左腕を上げて腕時計を確認していた。時間、という言葉が彼を焦らせたようだが、直後、諦めたように目を伏せて「今、何時?」と聞いてきた。  不思議に思いつつも私はテーブルに放置していた携帯電話を取り、時刻が表示された画面を創記に向ける。もうすっかり夜だった。創記の顔が安堵にも似た色を見せたことに、私はむっとする。 「帰るの?」 「帰るよ」  創記の身体が私を通り過ぎ、玄関へ向かう。その時さえ私の鼻には何とも表現しがたい死を待ち望む人間の、恐ろしい匂いが届いていた。このままでは本当によくないことが起きる。直接私に関わらないところであっても、それ、が起きることが私には堪えられない。あってはならないことだ。  私は創記の腰を引っ掴み、握りしめていた携帯電話を彼のズボンのポケットに突っ込んだ。うわ、と声を出して彼は本気で驚いていた。そのまま扉を開け、保冷剤と一緒に彼を外へ放り出す。
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