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 次の週末、私は約束通り掃除用具を用意して創記の部屋へ向かった。彼は使わない合鍵を決まった場所に隠している。いつも通りその鍵を使って部屋へ入ろうとした時、アパートの階段を一人の女性が上ってきた。赤茶けた髪にきつくパーマをかけた、中年の女の人だった。  彼女は創記の部屋の前にいる私を見ると、あっと声を出しそうなほど驚いた顔をし、「あの、成世さんの……」と頼りなく呟いた。私は少し迷って「知人です」と返す。  女性の顔はたちまち憐れみに満ちる。「あら……」以降の言葉を躊躇ってから、急に早口で喋りだす。 「最近、ずっと成世さんの顔を見てなかったから心配してたのよ。どうです、成世さん、お元気?」 「え、はい、えっと……まあ」 「良かったわ、本当。二年くらい前に、騒音でちょっと注意したあたりからめっきり見なくなっちゃってね。どうしたものかと思ってたのだけれども……」 「騒音?」さりげない言葉に何かが引っかかった。  女性ははっとして、これを言っていいものか……と顎に手をあてて少し悩んでいるようだった。私はじっと相手を見て、言ってくださいと目で懇願した。女性の瞳に覚悟が宿る。 「ええ、その、女の人の……悲鳴? のような声が聞こえてね……」  さあっと冷たい風が吹き、前髪が全て浮き上がる。女性が一度身震いをして口許を手で覆う。表面的ではない、身体の奥底を凍りつかせるような不安が、重くのしかかってきた。  女性が隣の部屋に帰った後も、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。女の人の悲鳴。私は回想する。あの男に初めて殴られた時のことを。
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