生まれて初めての涙

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生まれて初めての涙

午前の授業が終わり、昼休み開始のチャイムが鳴った。 高校二年生の美雅(ミヤビ)が弁当を持ち友達のもとへ行こうとしたところ、突然廊下から声をかけられる。  「美雅ちゃん! 今日の放課後、その・・・ッ。 校庭の裏に、来てくれるかな?」 「放課後ですね。 分かりました」 最近よく話しかけてくる一つ先輩の男子生徒だった。 放課後に呼び出された理由も何となく分かっている。 去り行く背中は興奮のためか揺れているが、美雅は断りの文句を考えていた。  それでも笑顔を崩さないのは外聞のため。 「美雅、相変わらずモテるねー。 試しに本当に付き合ってみたら?」 「今は好きな人とかいないんだよね」 「勿体ないなぁ」 友達と話をしていると今度は違うところから声がかかる。 「ねぇ、美雅! 美雅! こっちへ来て!」 「どうしたの?」 「この服さ、超可愛くない!? 美雅に凄く似合いそうなんだけど!」 見せられたのはレースがたくさん付いたピンク色のワンピースで、流石に着こなせる自信がない。 自分が自分に持つイメージからすれば、可愛らし過ぎるものだ。 「え、どうだろう。 桜の方が似合うと思うけど」 「え、そ、そうかな?」 そう言いながらも嬉しそうに笑っている。 “最初からその言葉を待っていたのではないか”とも思うが、幸せそうな彼女を見ていると突然胸が締め付けられるような感覚に陥った。  マズいと思い、持っていた弁当を机に置く。 「ごめん、ちょっと私お手洗いへ行ってくるね」 「分かったー!」 「お弁当、先に食べていていいから!」 逃げるようにして教室を出て、向かった先はお手洗いではなく屋上だった。 誰もいないことを確認し、そっと足を踏み入れる。 先程から締め付けられる胸を静めるよう深呼吸を繰り返した。 「・・・泣いちゃ駄目だ」 自分に暗示をかけるように何度か呟いた。 思い出さないようにしていても、ふと過去の記憶が頭を過る。 もううんざりといったように頭を振った。 脳裏に映るのは今までの自分の人生だ。 美雅は小学生の頃クラスの男子から酷いいじめを受けていた。 理由は“美雅が貧乏だったから”というありふれたものだ。   『お前の体操服、汚いなぁ! これならドブに落としても見分けが付かないんじゃね?』 『止めて!』 男子たちのいじめに抵抗しようとしても、相手は複数いたため女子の美雅が太刀打ちできるはずがない。  親に相談することもできず“我慢していればいつかは終わるだろう”と信じるも、されるがままの泣き寝入り。 そのいじめは学生時代ずっと続いた。 だが大学を卒業し職に就いた頃転機が訪れた。  美雅は初めて“恋”というものを体験したのだ。 『俺、美雅のことがずっと好きだった。 よかったら俺と付き合ってくれない?』 『・・・うん、嬉しい』 相手からの告白をきっかけに交際がスタートした。 美雅は生まれて初めての経験に幸せを感じた。 だけどその幸せは長くは続かなかった。 付き合ってから一年後に、あることが発覚したのだ。 『嘘・・・。 裏社会で働いていたの・・・?』 付き合っていた彼は麻薬の密売人だった。 しかも驚いてショックを受けたのはそれだけではない。 彼は昔、美雅をいじめていた男子たちと知り合いだったのだ。  男子たちからの勧めで美雅に目を付けたらしい。 今まで好意を寄せていたのは全てフリで嘘だった。 金は全て取られ美雅は何もかもを失った。 人を信じられなくなった。  だがそのような中、もう一人の男性が現れる。 道で一人泣いていた美雅に優しく声をかけてくれたのだ。 最初はその人のことも敵に見え自分の殻に閉じこもっていた。  だが根気強く話しかけられ、誰も味方がいないと絶望していた美雅はもう一度だけ信じてみることにした。 彼といる時は自然体の自分でいられた。 美雅の過去を全て話しても優しく受け入れてくれた。 『美雅さん、僕と結婚をしてください』 『・・・はい、喜んで』 彼は信用に足る人物だった。 プロポーズされめでたく二人は結婚し、二年後には子供もでき楽しくて幸せな日々を送っていた。 だがそれも長くは続かなかった。 『セイゴ! セイゴ! お願い、息をして!』  子供は四歳の時に川で溺れ死んでしまった。 ショックを受けていると、今度は夫から離婚の話を持ち出されたのだ。 あまりの展開の速さに美雅は戸惑うことしかできなかった。 『離婚? そんな、急にどうして・・・』 『ほ、他に好きな女性ができたんだ。 だから僕とは別れてほしい。 もうセイゴもいないんだ、綺麗に離婚することができるだろう?』 離婚届を叩き付けられた。 当然、慰謝料含めかなりの金銭を受け取りはしたが、正直お金なんてどうでもよかった。 ただ幸せな生活を夢見ていただけなのに全てが壊れていくのだ。  波乱万丈な人生と言えば聞こえはいいが、ただただ不幸の連鎖の上を美雅は歩いていた。
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