episode.1 序章

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episode.1 序章

ダムダムと、ボールが跳ねる重い音。 俺はボールを掴み、眼前に走る彼を見た。彼が振り返る。柔らかくウェーブした黒髪の奥から挑戦的な眼差しが俺に向く。 ギュッとバスケットシューズと床が軋む音。 彼は空気を裂くように一声を放った。 「塚元っ!」 視界が白み、彼の輪郭がくっきりと眼前に鮮やかになる。俺は彼へと向けてボールを押し出すようにパスした。 「関さん!」 わあ、と歓声が巻き起こる。エースの関。 低い位置でドリブルし、一段フェイクを入れてから、1人抜き、2人抜き…、 その小柄な身からはありえない跳躍力で、彼の3ポイントが決まる。 ピィィィイイイ─── 試合終了。23対35、北高! 審判が声を張り上げる。 湧く体育館内の観客と、喜び抱擁に走るチームメイトたち。もちろんこの俺、北高1年、塚元浩平も、走ってくる関さんに向けて両腕を広げ、大きく声を張り上げた。 「関さーーーん!!」 関さんは嬉しそうに俺の方へ駆け寄り、興奮した様子で横をすり抜けていく。 「弘!」え弘? 関さんは喜びの表情のまま、弘と名前を呼んだいかつい男の方へ、小さな体を埋めに走っていった。………。 「おい、浩平、整列だってよ」 背後からかかる声は、幼馴染の真琴。両腕を広げたままの、虚しい背中を見せて硬直していた俺の肩を、そっと叩くのであった……。 * 「打ち上げだーー!」 勝利に酔いしれるどころか祭りの気配すら漂わせているのが、俺たちの先輩方。 わいわいと騒ぐ先輩たちの世代は、北高バスケ部は最高に弱小だった。 今年、何の縁なのか、特待生としてこの不良で名高い北高へとお呼ばれしたのが、俺こと塚元 浩平、そして友人の真琴こと伊沢 真琴。 最初は黒髪でいかにも中坊だった俺たちだが、ここに入ったときにまず洗礼なるものを受けたのだ。 そう、あれは半年前。俺たちが入って間もない頃。 ーーー 「1年がナメた口きいてんじゃねえよ!」 あたりがしんと静まった。きゃいきゃいと騒ぐ1年集団の中に、彼を怒らせるような口をきいたやつがいたんだろう。 声を上げたのはそう、可憐な美貌を持つ、関 歩夢という先輩だった。 関さんは163センチほどの身長なのに、周りの後輩や同級生を従えてその中心にいつもいたものだから、「お金持ちなのかな、キレイな人だな」と男相手にしてはちょっと妙な感想を俺は抱いてたんだけど。 「俺の靴汚しといて何がヘラヘラ『ごめんなさい』だ?」 目の前の関さんは、どこからそんな力が出るのか、1年坊主の腹部をどっと蹴って床に転がしていた。更にローファーでそいつの頭を踏んでいる。 「ナメた口きく相手は選ぶんだな」 俺は震え上がった。 ーーー して、現在の俺は、黒髪ロン毛のチャラい外見に身長172センチと中々成長した。 一方俺の友人真琴は、中学の頃エースであったという前歴を持つ、170センチ、攻守バランス良くプレイできる好選手。 ちなみに彼はこの学校に入って半年で真っ黒だった髪を金髪に染め、素肌の白いのが手伝って、柔道部や剣道部やらむさ苦しいあたりからファンコールを受けているそうである。 そして、問題なのが、もうひとりのスタメン…堂島弘。 彼は2ヶ月ほど前、何かしらの停学をさっそく食らっていたらしき問題児で、遅れて入部した割にバスケのレベルは高く、身長も182センチと高い。 そしてこいつは…信じられないことに…いや、信じない。 「さっきから何ブツブツ言ってるんだ、浩平」 にゅっとまこっち(俺は真琴をこう呼んでいるのだった)の顔が突然目の前に現れたので、俺は驚いて顔を引いた。 「なんだそんなに近づくなよ!」 「だって話聞いてねえし」 騒がしい先輩方が打ち上げに行こうと言っているので、2人で更衣室へ戻るところだった。 気づくと目の前に更衣室の扉。 真琴が…なぜかドアの前で舌打ちをして遠い目をしている。 俺は真琴の目の前のドアをそっと開いて、覗こうとした。 「わああっバカ、浩平開けるなって」 まこっちが小さな声で言いながら俺のケツをつねる。痛え!なんて叫ぼうとした口をまこっちの手のひらに塞がれた。 なぜなら。 「あ、…っあ、弘、や、…っあっ」 ドアの向こうには左右にロッカーがあり、バスケ部たちの汗臭いユニフォームや、制服が畳まれることなく突っ込まれていた。 その奥、窓のない壁際に、手をついた関さんが…そう。関さんが。 なんということか卑猥な喘ぎ声を漏らしていた。 「え」 「だから浩平大声出すなって」 真琴が慌てた調子で俺の口とついでに鼻をふさぎ、俺は息ができなくなって真琴の手を指で引き剥がす。 さすがの俺も黙った。 「歩夢…おまえの体の中あっついな…とろとろなってるぜ…」 いやこいつら部室でヤッてんじゃねえよ! ぐちゅ、ぬち、と汚い水音が聞こえて、俺はゴクリと生唾を飲んだ。 俺の口を押さえている真琴が、俺の首に腕を絡ませて、ゆっくりとドアから離れようとする。 「やあ、あ、弘、そこ、」 関さんの声が、ドアの向こうから聞こえる。 そう、堂島と関さんは、付き合っているし、所構わずこんなふうにヤッちまう関係なんだ。 そっとドアを閉めた真琴が、俺の首と口から腕や手を離した。 「ぶはっ」 やっと息ができた俺のケツを、また真琴が蹴り上げる。 「痛ってえ!」 俺が悲鳴を上げると、真琴はなぜか半ギレの顔で、下を指差した。 まこっちの指の示す先、俺の股間は、うっすら盛り上がっていた。 まこっちが冷たい目で俺を見つめる。 「変態」 うわああああ!! そう、きっと俺は変態なんだろうと思う。 そもそも二人のセックスを目撃してしまうのは1度2度ではない。 しかもそれはだいたいまこっちと一緒に目撃していて、そしてそれを見るたび俺の俺は反応してしまって…。 「ていうか堂島あいつAV男優みてえだよな」 「うるせー変態」 話をそらそうとした俺を置いて、真琴は廊下を歩き始めた。待ってまこっち! ーーー 時刻は夕方に差し掛かろうとしていた。俺たちはバス停までトロトロと歩いて行ってた。 バス停の真上に広がる空は、日が落ちだして少し赤い。 俺は歩いたお陰でおとなしくなった自分の股間をそっと整えて真琴を見た。 「いやほら。可愛いじゃん。関さんって。興奮して何が悪いんだ。なんで堂島なんかのカノ…彼氏なんだ。確かに?テクニックは凄いのかもしれない。でもあいつ相当ろくでなしじゃねえか!!!」 真琴が、絶叫する俺を眇めた目で見て肩をぽんと叩いた。 「関さんはテクニックを求めてるそうだ。」 そっと、同情の眼差しと非情な言葉を同時に向けられる。俺はその場にへなっと崩れてしゃがみこんだ。 「俺だってさ、格好いいとこあるじゃん。」 「どこに?ヘタレじゃん。」 おま…。そんな一瞬で言い切らなくても…。 ともあれ、そろそろ打ち上げが始まる。 俺たちはバスに乗ろうと、そのままぐだぐだ喋りながらバス待ちをしてた。 「この学校有名なヤンキー校だからさあ。俺も髪を伸ばしたしまこっちは金髪にしたけどさあ。」 なんて女々しく地面に「関さん」と書きながら、呟いている俺の横で真琴はマンガを取り出して読んでいた。スラム○ンクはバイブルだね、まこっち。 「ふんふん。それで?」 と一見聞いてるように聞こえるけど、真琴の目はマンガを一生懸命読んでいる。たぶん今海○戦のところを読んでる。 俺は構わず続けた。 「本当は学校に合わせてるんじゃなくて、堂島みたいな不良が、関さんは好きなんだと思って俺、必死で。」 「あー、確かに凄いなー。」 全然話噛み合ってない真琴聞いてない。 俺はふと真琴を見上げた。少しだけ吹いている風になびく金髪は、夕焼けの赤さをうつしてキラと光っている。 俺は不意に立ち上がった。 「まこっち」 「なんだよ」 名前を呼ぶと、ようやく真琴が俺の方をちらりと見た。 「まこっちは俺にときめいたりしねえの?」 「……………、……は?」 このとき俺は要するに、男としての魅力が俺にあるかどうか、真琴に尋ねたつもりだった。 いつもどおり真琴が『は?ねーよ』って冷たい目で返してくると思ったから、すごく真面目な顔を作って真琴を見てた。 でも、何かよく考えるとある意味告白っぽくね?と思ってハッとして、 「いや今のは。」 と俺が口に出した瞬間、真琴が俺のスネを蹴る。痛え!!! 「ときめかねーよ、ばか!」 なんだやっぱときめかねえんじゃん! スネを抑えて前かがみになった俺の前で、真琴が口元を押さえる。妙に真琴の顔が赤く見えて、夕日あっかいなー、なんて思った。え夕日? 「でもさ。キスが上手かったら格好いいかもしれない。」 ん?俺はまた真琴を見上げた。 「キスしたことねえな。」 「堂島みたいなの目指すんならキスもセックスも上手くなきゃだろ」 真琴が俺をチラと見た。俺はふと思いついたように言った。 「キスの練習しようぜ、まこっち。」 は!?って真琴が言うと思ってた。俺がまっすぐ立つと、まこっちは目を見開いてこっちを見ていた。 なにか真琴が言おうとしている。 「練習っt」 俺は真琴の肩を掴んで、いきなり顔を近づけた。 目を閉じたら顔がぶつかりそうだったから、目を開けたまま斜めに、真琴の唇に自分の唇を押し付けた。 見たら、真琴も目を見開いていた。三白眼気味の色素の薄い目の色。 唇同士を重ねたけど、これからどうやんの? 俺は、ちょっと身じろいだ。前歯が真琴の歯に当たる。舌を出して真琴の柔らかい唇をなめた瞬間、 真琴がとんでもない、 うひええああひえあ~~ みたいなすごい悲鳴を上げて、俺は驚いて顔を上げた。 「なんだよその声!!!」 って吹き出しながら言うと、今度は真琴がその場に崩れ落ちた。 夕日じゃねえ。絶対こいつ顔赤いな? 「……てめえ、なっ何すんだよ…!」 ヘラヘラ近づいていく俺に向けられた、真琴の眼光は鋭かった。 「え、いや、練習…」 ちょっとビビった俺に、真琴が屈んだ状態からいきなり、立ち上がりざまの膝蹴りを俺の腹へ!!!!!! 「強姦魔!!!!ほも!!!!アホ!!!!」 と叫ばれながらボコボコに蹴られつつ、俺は真琴の柔らかい唇の感触を、思い出してた。 ーーー 打ち上げは焼き肉だった。 焼肉食べ放題で狂喜乱舞する先輩方と一緒に食いすぎて具合を悪くする俺、そして黙々と自分のペースで食っていく真琴。 そんなのを横目にさらりと「食べ放題の安い肉は口に合わない」と高級ロースを注文する関さん、そして打ち上げにそもそも参加しない堂島。 てんでばらばらなスタメン(もう一人黒木という切れ者の眼鏡の先輩がいるんだが)軍団だがプレー中の結束力は凄いんだ。 肉をもう最後は味の分からなくなるくらい胃に詰め込みながら、俺は夕方の関さんの痴態や、真琴とのキスとか思い出していた。 トイレに立ったとき、洗面所にちょうど、首に香水を振りかけている関さんがいた。 俺はどきっとした。なんでこの人はいつもこう、少し大人びてるんだろう。 そして覗きの件がばれていないかともヒヤヒヤした。 「関さん、あんま食ってないみたいだけど。」 食べ物の話題で話しかけてみる。 黒髪の前髪をゆっくりすいてから関さんは振り返り、睫毛の長い大きな瞳を少しこちらに向ける。 「あんまり焼肉って興味がねえんだ。……なあ、塚元。」 俺の名前が呼ばれたので、俺の心臓は急にバクバクと鳴った。 さっきキスした真琴には悪いが、俺はこの人が好きだ。キスしたい、抱きしめたい、めちゃくちゃにしたい。 内心欲望だらけの俺の表情を、透かし見るかのように関さんの唇が笑みに歪んだ。 「塚元、顔になにか付いてるぜ。」 え、なんだろ。って俺は鏡を見ようとした。すると関さんの掌が俺の頭を、 ひょいっと棚の上のものを取るみたいに掴み寄せる。首に腕が回されて、軽く下から掬い上げられるような形になった。 「え?せきさ……」 「……黙って。」 不意に俺の唇を関さんの柔らかい唇が塞いだ。 香水の甘い香りがふわっと香った。トイレの扉を隔てて、遠くでバスケ部の皆が騒いでいる笑い声が聞こえる。 舌が潜り込んで俺の舌に絡まり、生き物のように吸いあげ、にじみ出た唾液を舐め取られた。 目を閉じる暇もなかった。関さんの、伏せられたきれいな目元を見ていた。 唇が離れると、唾液の糸がつうって伝った。 それを舌で巻き切る関さんの唇が、濡れた瞳がいやらしくって。 俺は勃起してしまってた。関さんの腰に当たって、恥ずかしくってちょっと身を離そうとしたが、彼の膝が持ち上がって俺の股を割り、股間をすりっとさすった。 「塚元ぉ…硬くなってるぜ。抜いてあげよっか。」 関さんがにやりと笑う。恐怖心と欲望が入り混じって、俺は彼を抱きしめた。 ーーー トイレの個室に男二人はきつい。 洋式の便座に腰掛けると、関さんがその前に屈む。 俺の股間の膨らみを、ジッパーを下げて取り出し、下着を細い指が開いて性器がむき出しになった。 俺はちょっと顔を赤らめる。 「関さ…ん、恥ずかしいんだけど」 「……し。誰か来るぜ」 なんて言いながら関さんは、まるでバナナでも食うみたいに俺の性器を、当たり前にくわえこんだ。温かい口の中で舌が絡みついて、俺はそれだけで凄く興奮してしまう。 「…ん」 ちゅぽ、とやらしい音が立って、関さんが舌を絡ませて俺の性器をしゃぶる。初フェラはあまりにも刺激的で、俺はもう目の前が真っ白で、すぐに。 「……っでる…、」 「関ー。トイレまだ入ってんの?」 いきなりドアの外から先輩の黒木さんの声がした。 驚いた瞬間俺は耐えられず、関さんの口腔に精を吐き出してしまった。 ごくん。 しーんとしているトイレの中で、関さんが俺の精液を飲み込む音が、いやに響いた気がした。 ドアの外の黒木さんに聞こえていないかと、俺の背筋は冷たくなった。 「あれ?トイレじゃなかったのかな」 という声がして、黒木さんがいなくなる気配がした。 俺は関さんを見た。性器から唇を離して、自分の唇をなめる舌。いやに冷静な目で、彼は俺を見ていた。 「夕方…覗いたろ。」 今頃そんなことをズバッと言われて、俺はフェラのあとの幸福感すら忘れて硬直した。 「の、覗いてないっすよ」 関さんは嘘を付くなという冷たい目で俺を眇め見、少し嗤って告げた。 「……仕返し。男にちんこしゃぶられてイッちゃったんだよなあ?気持ちよくなっちゃったんだよなあ?お前も同類。そしてこれは」 まずい、と思った瞬間、カシャッと関さんのスマホが光って、トイレにちんこ丸出しで座っている俺の姿が撮影されてしまう。 俺は青ざめた。この人がただでフェラチオなんてさせてくれるはずが無かったんだ。 「……証拠。」 嗤ってスマホをポケットにしまうと、関さんが天使のような微笑みを見せる。 いやにかわいい。 「…LINEでこれ、ばらまかれたくなければ、奴隷になれよ。」 天使の微笑みで告げられた言葉は、鬼のようだった。 俺は今まで忘れていた真琴を思い出していた。う、うわああああ!助けてまこっち!!! 「今日からてめえは俺の奴隷だよ。」 ……鬼先輩・関歩夢と、幼馴染、伊沢真琴。 二人の間で揺れ動く俺の性春が、今まさにはじまったのである……。
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