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公園のベンチに座り込んだタナカのトレーナーの首もとや裾から、花冷えの風が吹き込む。その冷たさを感じながらタナカは寝てしまった。
夢のなかで、声が響いてくる。中学時代のやかましいコギャルの声、なにかのテレビの声、家族の話しかけてくる声、映画のセリフ、鳥の声。夢のなかでタナカは「ふふ」とわらった。
「今日は、なぜかやけに記憶が混線してるみたいだな」
声はまだ聞こえてくる。知らないおじさんの声だ。
「……か?」「おーい。だい……か?」「おにいちゃん!」「おーい。おーい」
ぼくを呼ぶ声がするようだ。一体なんだ?タナカの意識は微睡みの沼から引き揚げられた。
目を覚ますと四人のおじさんが、タナカを取り囲んでいた。
「びっくりしたー。四月とはいえまだ肌寒い。こんなとこで寝てたら凍死しちまうぞ」
「あんた、凍死は大げさだよ。でも風邪ひいちまうかも」
タナカは目を丸くした。
ホームレスたちがベンチでうたた寝するタナカを心配してくれていたみたいだ。よほど顔色が悪かったのだろう。
「あ、なんかすいません。でも大丈夫ですよ」
狐目のホームレスのおじさんがカラスの羽を拾いながらつぶやいた。
「でも公園のベンチで寝れるっていいよな。俺らが寝てたら追い出されるし」
「えっ」
べつな小柄なホームレスがフォローに入る。
「いやいや、こっちの話。いろいろあんだわ。ま、あんたも頑張んな」
そういうと小柄なおじさんはタナカの両手を包み込むようにして栄養ドリンクを持たせた。
「あ、あの……」
「別に変なもん入ってないし、栄養つけて頑張ってよ」
そして四人は去っていった。タナカは立ち上がり伸びをした。
「公園、丸山公園か。そういや桜祭りももうすぐかー」
年に一度の丸山桜祭りは、ここ丸山公園で開かれる。今日はたまたまここまで足を伸ばしてしまったが、タナカが公園に来るのは桜祭りの取材のときぐらいでふだんは訪れない。人もまばらな昼下がりの公園というのも侘しいものだなという印象とともにタナカは帰宅した。
「あれ?どっからついてきたんだ?」
タナカの肩に青虫がくっついていた。タナカはその青虫をベランダから外へ放り投げた。
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