回想少女

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 私はこの何も無い村で、15年も生きてきた。母さんが病気だったから、私も母さんも、ずっと忌み嫌われてきて、心無い言葉もたくさん言われてきた。  私はいつも孤独だった。村の集会には入れてもらえず、何度も追い出されそうになって……。それでも何とか私たちはここで生きてきた。  幼い時から、父のことは知らなかった。どこにいるかも分からない。父は私のことを捨てたのだと、母さんは時折嗚咽を漏らしながら泣いた。  そんな母さんが、つい先日、死んだ。老衰だった。もう何日も何も食べていなかったから、死ぬのは当然だったかもしれない。でも私は、動揺して、何日も泣いた。  母さんの葬儀は行えなかった。お金も無いのだからしょうがない。  私の心は限界まで来ていた。今までも孤独だったのに、母さんが死んで一層孤独になってしまったから。  人の悪意が怖い。どうして人は人を傷つけるのか、迫害するのか。私には分からない。毎日、毎日、同じことを考えた。  そんな歪んだ私だったからだろうか?私は決して会ってはいけない者と会ってしまった。 ーー悪魔という、救いと。 「ずっと君たちを見ていたよ。人は君たちを恐れ、傷つけ、外に追いやろうとした。人間は弱いモノだね。自分の身を守ることに必死なんだ」 「あなたは、誰?」 「私は悪魔。可哀想な君を助けてあげようと思ってね。どうする?」 「あなたは私に、何をしてくれるの?」 「魔法を教えてあげられる。人の悪意を消す魔法をさ」 「悪魔が、悪を消す魔法を?」  あまりに矛盾していて笑ってしまった。それでも、その提案は魅力的だった。 「悪魔が悪を消す魔法……というのはおかしな話だけど……欲しい。その力が」  だって私は散々傷ついて来たのだから。そんな天使のような魔法くらい、もらってもいいでしょ? 「与えるよ、君に。ふふ、それにしても君は謙虚だね。他には要らないの?」 「要らない。悪意さえ無くなれば、この世はもっと素敵だから。」 「虫酸が走るほどイイ子なんだね」  皮肉を言われた気がしたが、そんなのはどうでもいい。だって、悪意さえ無かったら、私も母さんももっと幸せだったのだから。  悪魔は何か呪文を唱えると、私に何か施した。目の前が光で何も見えない。しばらく光に視界を奪われていたが、いつのまにか元の景色が眼前に広がっていた。 「はい、終わり」 「え、もう……?」 「それで君は魔法使いの仲間入りだ。ああ、言い忘れていたけど……」 「?」 「その魔法は"人の心を操る魔法"なんだ。好きに使うといい。ただ、契約を違えるといけないよ?」 「分かった。……でも、私は何もあなたに代償を与えなくてもいいの?」 「ああ、代償はすでにもらったよ。さよなら、魔法使いさん」  そういうと、悪魔は消えた。  私はその日から魔法使いになった。試しに村の人に使ってみると、村の人達は私のことを見ても何も言わなくなった。    すごい。魔法が本当に使えるなんて!  私は色々な人から悪意を奪っていった。酒場で喧嘩をする人たちから、いつも意地悪な子から、母さんを悪く言っていた人たちから……。  たくさん魔法を使った。たくさんの人が変わっていった。それでも、変わらなかったものが一つあった。それは、 「ねえ、おばさん」  そう問いかけても、生気の無い顔で、 「何だい?」  そう言われるだけ。いつも私から話しかけるだけで、誰も私には話しかけない。微笑みもかけない。その時私は気づいた。悪意を奪っても、何も変わらないのだと。 愛がない。  私はずっと悪意を恨んでいた。人の悪意は、なぜここまで私を痛めつけるのだろうか、と。でも、それだけじゃなかった。私は愛されたかったのだと。今更気づいた。  あの時、悪魔に頼めばよかった。人から愛されたいと。 「悪魔!いないの?返事をしてよ!」  そう空中に叫んでみても、悪魔は一向に現れることはなかった。  なら、自分で操ればいいじゃない……。  自分が自分に問いかける。人が私を愛するように、私が魔法をかければ……。  でも、それは契約違反になる。私は自分自身と葛藤を繰り返した。  そもそも、悪魔は何を私の代償として奪っていったのだろう?私は何も知らない。でも、私の身に何も起きていないのだから、大したことはないのかも知れない。  少しだけなら……。  そう思って私は、魔法を初めて違う用途で使ってみた。試しに、いつも意地悪だったあの子に……。  魔法は成功したようだった。いつも私のことを悪くいうあの子が、私にとびきりの笑顔を向けるようになった。  いい気味だわ……。  ふと、自分が自分にそう囁く。ほんのりと、自分を恐ろしく感じる。  その日から、私は人が自分を愛するように魔法を使い始めた。誰からも愛されるというのは、本当に心地が良かった。私が求めていたのはこれだったのだ。  悪魔との契約には違反したが、なぜかお咎めは一切なかった。 このまま人の心を操ってしまおう。  私の行動はエスカレートしていった。ある者とある者をわざと仲違いさせてみたり、ある者を故意に愛させてみたりした。なぜ私はこんなにも変わってしまったのだろうか。そう問いかける自分の声が、次第に遠くなっていった。  ある日、私は村に来た旅人にも魔法を使おうとした。その旅人には実験として、自身の全てを忘れてしまうように魔法をかけてみた。  しかし、私の魔法は効かなかった。その旅人も魔法使いだったのである。  私は初めて自分以外の魔法使いに会った。  私は興味本位で色々なことを聞きたくなった。あなたも悪魔と契約したのか。どんな魔法を使うのか……。  だが、その質問をする前に、私はその魔法使いに殺された。一瞬の出来事だった。私が旅人を殺そうとしたと勘違いされたのだろうか。とにかく、私は死んだ。  次に目が覚めたのは見知らぬ天井だった。私は小さな子供になっていた。まだ言葉も話せないような年齢で、1人では歩けない。なのに、なぜか記憶を保持していた。  私は生まれ変わったのだろうか。それならなぜ前の記憶があるの……?魔法はまだ使えるの……?  1人で立てるようになってから魔法を試しに使ってみたが、魔法は使えなくなっていた。  どうして……どうして……!なぜ使えないの?  それからが私の運命の始まりだった。  悪魔の代償……それは記憶だった。  私は何度死んでも自分を覚えていた。魔法が使えなくなり、人から悪の感情をぶつけられても忘れられない。闇ばかりに支配された。  初めは人の悪意から逃れるために悪魔と契約したのに、今では契約のせいで人の悪意の何もかもを忘れることができなくなってしまっていた。  それでも、1番私を苦しくさせるものは、無関心だった。愛の反対は無関心とはよく言ったものだ。人の心を凍てつかせる1番の心情である。  私は愛されることを望んだだけだった。でももう、私には叶わない願い。  私は選んだ。自らが苦しむくらいならば、自分が人を苦しめる側に回ろう、と。  物語に登場する悪い魔女のように、今日も私は浮つき顔で街を歩く。
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