パトラッシュにはかなわない

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 この企画を考えたひとは、さすがに馬鹿だと思うの。  二ヶ月に一度の社内レクリエーションの前日、佐伯凛(さえきりん)はしみじみとそう言った。  題して。 「『泣かずに完走できるか? 涙の耐久マラソン★』」  スマホアプリのグループトークに表示された題目を読み上げた時任(ときとう)を前に、凛は力なく首を振る。  ちょうど、湯気を立てるカルボナーラがテーブルに到着。シェアを前提にしているようで、一人前でも量は多め。  添えられた大振りのスプーンとフォークで時任が取り分けて、凛の目の前に皿を置く。 「美味しそうですよ」  声をかけられた凛は、ありがとう、と項垂れたままフォークを手にした。それでもまだどことなく落ち込んだ様子で言った。 「『フランダースの犬』よ。よりにもよって」  言い終えてから、ようやくカルボナーラを一口。  肩につかない長さのさらりとした黒髪。浮かない表情でも涼やかさの損なわれることない、美少女めいたくっきりとした顔立ち。 (食べている姿も可愛い)  声に出したいのを、ぐっと堪えて、違うことを口にする。 「佐伯さんと話すきっかけが社内レクだったから、俺はそんなに邪険にできないんですよね。まあ、フランダースの犬を見たら泣かない自信ないですけど。むしろ全員泣くんじゃないですか」 「何が悲しくて会社のひとと泣ける映画見なきゃいけないの」  それはたぶん……。  参加メンバーの中に泣いている顔を見たい相手がいるひとが企画したのでは。 (凛さんに泣かれるのは嫌だなぁ。他の人に泣き顔見せたくない。そう考えるとたしかに悪趣味な企画だよな)  営業二課のエース、佐伯凛は三年先輩。総務の時任とは、普通ならろくに接点もない。その壁を乗り越えて、こうして食事を一緒にできるようになったのは最近のこと。  まだ少し、警戒されている。  二人でいるところは、会社の知り合いには見られたくなさそうだ。 「佐伯さん、ワイン注いで大丈夫ですか」  凛のグラスが残り少なくなっているのを見て、デカンタを持ち上げる。 「あー、うん。少しだけ」  返事を待って、注いだ。  それほど強くないので、飲む量はセーブしているらしい。無理に飲ませる気はないので、言われた通り、少な目に。 「カポナータもう少し食べます? 車エビの香草焼き、殻大丈夫ですか?」  声をかけると、「時任さんは食べているの?」と目を(しばた)いて聞かれてしまう。 「食べて……ます。食べます」  食べるのも好きだけど、食べている姿を見るのも好きなんです、とは言えずにカルボナーラをフォークで巻き取る。  言葉にすると照れて口をきいてくれなくなるから。本当はもっと素直に色々言いたい。  好きなひとと食べるご飯が美味し過ぎて、今日も幸せです。
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