パトラッシュにはかなわない

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 涙の耐久マラソンレクリエーション。  世相に照らして、参加者それぞれが、自宅からWEB会議形式でログイン。パソコンやスマホの画面に四十人ほどが顔を映す形で進められる。  もう、それ、やる意味あるの? と中止にしてしまえば良かったかもしれないのだが。  仕事で顔を合わせる機会も、飲み会のような集まりもなくなったいま、「やってもいい」層がいたらしく、開催の運びとなってしまった。  四十分割される画面、一人一人は本当に小さい。だが、気になる相手がいる場合、相手の家の様子など、背景まで目を凝らして見ている人もいるだろう。  なお、内容は全員で映画「フランダースの犬」を見る。以上。  テレビがないとか、パソコンを会議に使ったら動画を見られないなどの技術的な問題を解消し、ただただ全員でフランダースの犬を見る。 (馬鹿な企画だな……)  とは思うものの、意外にも映画の視聴が始まるとみんな真剣に見ている様子だった。会話も飲み食いもOKとなっていたが、ガチ勢が静まり返っているせいですぐに会話もなくなっていく。  ちなみに、佐伯凛もガチ勢のひとり。あまりにも真剣に見ている。 (その凛さんを真剣に見ているひとが何人いるかな~)  というか、前夜の食事の雰囲気から「フランダースの犬」嫌いなのかなとすら思っていたが、むしろ逆らしい。  完全に魂を奪われている。  しかも、ストーリーが終盤に差し掛かるかどうかの時点で真っ先に泣き始めた。 (早くないですか、ちょ、凛さん早過ぎですけど!!)  一番に泣き始めちゃった!! 悲劇の予感だけでダメな人だった!!  これは「パトラッシュ、もう疲れたよ」の、あの伝説のセリフの頃にはバスタオル一枚涙でびしょ濡れにする勢いだ。  ――佐伯さん、回線トラブルの振りして、カメラ切っちゃった方がいいですよ!  小声で囁く。  完全に、佐伯凛泣き顔鑑賞会になってしまっている気がする。まずい。これ企画サイドの人間あとで問い詰めておかないと、と固く決意しつつ、「佐伯さん、カメラ切って」と囁き続ける。 (聞こえてない! 集中しすぎ! そんなにフランダースの犬好きでしたか!)  仕事中は切れ者で、クールなイメージなのに意外性が可愛すぎですけど!  これ以上他の人には泣き顔は見せられない、と意を決して。  手を伸ばす。  凛の手にしていたスマホを取り上げて、その場に伏せた。同時に、サイドのボタンを押して電源を落とす。 「時任さん……?」  涙の溜まった目で見上げられて、しーっと言ってから、自分のノートパソコンもぱたりと閉じた。  凛はノートパソコンを膝に置いて視聴していたので、映画は流れ続け、セリフはまだ聞こえている。 「一緒に回線落ちたのは怪しいと思いますし、俺も女性社員にそれなりに身の回りを詮索されているので……。もしかしたら、背後の壁紙が同じって分析しちゃうひともいるかもしれませんけど」  時任の部屋で、ベッドの上に並んで座って、今の今までWEBレクリエーションに参加していたわけで。  万が一のことも考えて、レストランのとき同様「佐伯さん」と苗字呼びはしていたものの。  もうすでにカメラもマイクも全部切れているのを確認して、ほっと息をついてからぐしゃぐしゃに泣いている凛を抱き寄せる。 「凛さん。思いっきり泣いていいですから、この後は二人で見ましょう」 「レクリエーションは……」  生真面目な凛は気になるらしいが、その間にも涙がどんどん目から溢れて頬を伝ってる。 (うわ~……)  これはもう誰にも見せられない、と固く決意してさらにしっかりと抱きしめた。 「いいから、映画に集中してください。結構みんな集中していたから気にしてないはずです」  気を逸らすための嘘で、実際には今頃「どうしたー」と呼びかけが入っていそうだが無視だ。  こくん、と頷いた凛は再び映画に目を向け、すぐに心を奪われてしまったようだった。  ぎゅうぎゅうと抱き寄せて、その横顔を見ながら、ただひたすら(うわ~)と心の中で叫び続けていたが。  彼氏よりもそんなに真剣にパトラッシュ、と映画に目を向けて、結局自分も集中してしまうことになり。  最終的に、二人で大泣きした。  このクソ企画考えた奴本当に許さねえ。俺まで凛さんの前で泣いたぞこのやろう。  そう思う一方で、フランダースの犬はまじでやばい、二人で初めて見た映画がフランダースの犬なんてもう絶対に忘れられないな、などと思ったりした。
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