駄馬

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 無茶を言う。  敗北は明白だ。誰だって、命は惜しい。 「待て! 勝手に逃げるな!」  絶え間ない砲弾の音。これは敵軍の発する轟音だ。 「戻れ! 戦え!」  この手を振り回しても、埒が明かない。  空回りする腕は、濁流に乗る時代と、頂に崇めていた筈の幕府、この世に生れた時から雲の上に仰いだ将軍にさえ見放された俺達そのままだ。  でもこいつらの逆走する先には、あの人がいて。  俺がするより何倍も簡単に引き止めて、またこの最前線に送り込んでくれる。  そう確信していた。  明治二年、蝦夷箱館。不毛な戦いだった。  兵の数も武器の質も段違いなのに加えて、あちらには時代の勢いがある。  何せ“官軍様”だ。対する俺達は憎き賊軍ってことになる。  でも俺達がいつ、天子様に弓引いたよ。かつて王城の都を火の海にしようとしたのはあっちで、俺達はそれを食い止めたんだ。  その時の俺は、新選組にはいなかったが。  忠誠心なら、古参隊士に敗けないつもりだ。 「右仲(うちゅう)! 副長が……土方さんが撃たれた!」 「……ッ馬鹿野郎! そんなわけあるか! あの人に薩長の鈍い弾が当たって堪るか!」
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