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「おい、いつもいつも、そんなちまちました事やりやがってよう、目障りなんだよう!」  哲明は信子の机の前に立つと、机の上の編み物の毛糸玉を乱暴に払い飛ばした。放課後の教室がしんとなって凍りつく。危険な雰囲気に、教室に残っていた者はそそくさと帰って行く。教室に残っているのは哲明と信子だけになった。  哲明は問題児だ。ほとんど学校に来ないが、たまに来ると、こういう乱暴沙汰を起こす。兎に角、気に入らない相手がいれば、男女の見境いは無い。今日は信子が標的になった。 「まだ暑いってのによう、毛糸だなんてよう、馬っ鹿じゃねぇのかよう!」  哲明は言い、信子の手にしているかぎ針と編みかけの毛糸を鷲掴みにして取り上げると、床に叩きつけた。そして、足で踏み付けた。 「ふん! こんなくっだらねぇ事は、オレの前でやるんじゃねぇよ!」  信子は床に散らばった残骸を見る。それを見ながら、信子は左の口の端が少し上がった笑みを浮かべた。そして、机の中から小さな紙袋を一つ取り出した。紙袋を開けると、中から薄くて白い布が出てきた。  哲明は完全に無視された事で、さらに怒りが込み上げてきた。 「てめぇ……」  哲明の怒りに素知らぬ顔をして、信子は手にした白い布を広げた。正方形をしている。ハンカチのようだった。ただ変わっているのは、四つ角に白くて短い房べりがぶら下がっている点だ。信子はハンカチを広げて両手で持ったまま、すっと立ち上がった。  いきなりの事で、哲明が驚いていると、信子は広げたままのハンカチを哲明の顔に宛がった。
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