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 哲明はまた流された。壁を抜け、廊下を進む。  オレは、何て奴だったんだ…… 何にも見えていなかった…… その日その日が楽しければ、そうして一生が終われば良いと思っていた……   てっちゃんはねぇ、か…… そう言えば、最近は親の笑った顔を見たことがないな……   剛も明も、将来を考えていやがるんだ…… それなのに、オレはガキのまんまじゃねぇか……   ふと気が付くと、教室に戻っていた。信子はまだ編み物をしている。哲明は信子の前で止まった。よろよろと立ち上がる。今にも泣きだしそうな顔をしている。 「……聞こえねぇだろうけどよ…… 悪かったよ…… もう遅いかも知れねぇけど……」  信子は顔を上げない。 「あのよう…… ……オレはずっとこのままなのか?」  哲明の頬に涙が伝った。  と、信子が顔を上げた。  じっと哲明を見つめる。 「……心から反省したようね」  信子は言った。  哲明がはっとすると、信子が手に白いハンカチを持って立っていた。  哲明はまるで夢から覚めたようにぽかんとしている。 「……オレ……」  声が、自分の声が聞こえている。自分の手を見る。しっかりと見えている。もう透き通ってはいない。 「お前、オレが見えるか? 声が聞こえるか?」  哲明は信子に言う。信子はうなずいて見せた。 「これからはしっかりする事ね。流した涙を無駄にしないように」  信子は言うと、ハンカチと編み物をカバンに仕舞い、呆然と立っている哲明を残して教室を出て行った。 「ふふふ…… 『黄泉巡りの房べり』って効き目あるわね。これで彼も大人になるんじゃないかしら?」  信子は左の口の端が少し上がった笑みを浮かべた。
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