血も涙も

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血も涙も

 枕元の文字盤が朝の到来を告げていたが、けたましいアラームの電子音が鳴り響くことはない。寝室の屋根は太陽の昇降に合わせて、自動的にその口を青空に向かって広げ、やがて清々しい日光が部屋中を満たしていく。  キールはしばらくの間、無意味な寝返りをうっていたが、それにも飽きてくると、いいかげん寝ているふりをやめて、ベッドから抜け出ることにした。 「はあ。朝食はいったい何にしよう。昨日はサンドイッチだったし、今日はマーガリンと食パンにでも。いや、あっさりとシリアルにするのもいいかもしれない――」  洗面台で顔を磨きながらも、彼はずっとそんな調子だった。しかし、いいかげん結論を出さねばならない。なんたって一晩中、朝食のメニューを考えているのだ。何かいい答えが隠れてやしないかと、冷蔵庫の中を覗いてみたが、油まみれのクッキーにドーナツの欠片なんかがひしめき合っていて、一向に決まる気配はない。 「リリリ、リリリ、ピピピピピピピ」  今度は確かにアラームが鳴る音が聞こえた。頭の中からだ。「いけない、いけない」とアーサーは耳たぶの下のネジを締めた。危うく今日の占いを見逃すところだった。急いでテレビの電波を受信しなくては。 「皆様、おはようございます。天気予報も終わりましたので、次はお待ちかね『血液型占い』のコーナーです」  スピーカーから流れ出したのは270Hzの明朗な声。いまや大人気の血液型占いをうっかり見逃してしまうのは、一部のマイペースなB型ぐらいだろう。 『今日の最下位はAB型の人です。予定を立てたはいいものの、なかなか次のステップに進めません。ラッキーカラーは白です』  アナウンサーの言葉を聞いて、なるほどと合点がいった。そこでとうとうキールは、今の自分が優柔不断なAB型だったことを思い出した。 『そして今日の血液型占いの一位はA型のあなた! 几帳面な性格で何事も上手くこなせるでしょう。ラッキーカラーは、ピンク。それでは皆さん、今日もいい一日を』  番組が終わるや否や、キールは右肘の関節をくるくる回して外した。そして流しの排水溝に向かって、ワインを注ぐようにトクトクと、真っ赤な自分の血液を捨てる。  ううむ。貧血が起こるというわけでもないが、体の中に血液がない状態というのは、なんとも気が休まらない。キールはいつもそう思う。まるで自分が人間ではないような、中身がないロボットであると自覚しないといけないみたいだ。  彼はなるだけ早足で、開きっぱなしの冷蔵庫からソーセージとパン、それにジャムとマスタードなんかを手当たり次第にバケットに詰め込むと……。ああ、なにかやりにくいと思ったら、右手を外しっぱなしだ! 肘から先を元の位置に戻してから、床下の扉を持ち上げた。
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