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「美咲ちゃん、新幹線の中ってちょっと寒いね」
「……膝に乗ったりとかはしないからね」
「ええー」
私を膝に乗せる気満々だったらしく、こちらに向けて両手を広げた誠也は不満げな顔をする。そんな顔をされても、無理なものは無理だよ!
『甘えよう』と決めたらしい誠也は無茶振りばかりを言ってくる。彼の中では、きっと無茶の範疇ではないのだろうけど……
「美咲ちゃんが、なにもしてくれない……」
そんなことを言ってしゅんとされても困るんだけどな。
誠也の望むことをするのは、大衆の前で相当なバカップルになるということだ。しかも男女格差がありすぎるバカップル。悪目立ちにもほどがある。
「美咲ちゃん」
捨てられた子犬みたいな顔で誠也がこちらを見つめてくる。……それを見ていると心が挫けそうになるけれど、これに屈したら際限なく恥ずかしいことをするハメになるだろう。心を鬼にしなくては。
そう決めた私は、ツンと誠也から顔を背けた。
「美咲ちゃん……」
誠也の声が、じわっと潤んできた気がする。そちらを見ると、濡れた子犬の瞳と視線がぶつかった。……ああ、もう!
「もう。仕方ないな……」
ぴっとりと肩を寄せて、誠也の腕に腕を絡める。このくらいが私のできる限界だ。これ以上は、本当に無理。
「美咲ちゃん、温かい」
なにか文句が出るかと内心ハラハラしていたけれど、誠也は満足げに笑うと私のつむじにすりすりと頬を擦り寄せた。どうやらこれで、満足してくれたらしい。
「すごいな……美咲ちゃんが逃げずにいてくれる。嬉しい、無理に縛らなくていいんだ。うん、やっぱり無理矢理はよくないもんね。合意って素晴らしいな……」
誠也は嬉しそうに言いながら、うっとりとした吐息を漏らす。
……と言うか、発言がとても不穏な気がするんですけど。
もう逃げたりはしないから、合意じゃないことは心底ご遠慮願いたいな。
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