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100日間の落下傘 01
校舎を出たとき、アスファルトが黒く湿っているのを見て、歩は慌てて顔を上げた。
晴天にもかかわらず、空からは雨粒がぱらりと落ちてきて、髪の毛やブレザーに水玉となって乗っかった。
比較的暖かい日が続いていたとはいえ、冬に天気雨に見舞われるのは珍しいな——思いながらも、傘をささずに歩き出した。
本来ならば、雨に濡れるのは嫌いだった。ましてや、1月の寒空の下であれば、尚更だ。
しかし、うっすらと西日が差す中で降り注ぐ雨粒は、一粒一粒が光をはらんでいて、不思議と歩を懐かしい気持ちにさせた。
——そう、あれは夏の庭だ。
夏の午後、ハーブを育てていた庭で、母親がよく水を撒いていた。
歩はリビングで夏休みの宿題を片付けながら時折、掃き出し窓に目をやって、その光の中に飛び散る水玉を追った。
汗をかいた麦茶、はぎとり式の計算ドリルに挟まった消しゴムのカス、髪をひとつに縛っていた母親のシュシュの色——そんな夏の記憶の断片を、なぜだか真冬の天気雨が想起させたのだった。
歩いているうちに雨は弱くなり、10分ほど歩くとすっかり止んでしまった。
歩はハンカチで肩や髪についた雨粒を軽く払い、そのまま空を見上げた。
こんな日は、虹でも出るんじゃないだろうか。
たしか、太陽を背にして反対側の空を———
体の向きを変えた時、視界に入ったのは虹ではなく、こちらに向かって手を振る、見覚えのある姿だった。
「あゆむぅーっ!」
まぎれもなく周だった。
タックルをかましてきそうな勢いで走ってくると、歩にぶつかる寸前で止まった。
「なにしてんだよ!」
「なにって、学校の帰りだよ。周は学童?」
「そう! 今日はひとり帰り!」
神楽坂の家に来る日は、彼が学童まで周を迎えに行くのだと、以前聞いたことがある。
ひとり帰りということは——今日は母親のいる自宅に戻るのだろう。
「歩、途中まで一緒にかえろ!」
歩が頷くと、彼は嬉しそうにまとわりついてきた。
帰る方向は異なるが、今日は予定もないし、彼を送っていっても何の支障もない。
周がふざけてくるくると回るたび、ランドセルに吊り下げた給食袋らしきものが揺れて、歩の腕をはたいた。
回るのをやめた後も、何度も後ろを振り返ったり、ジグザグに歩くものだから、危なっかしいったらない。
「ほら、ちゃんと前見て歩きな。手つなぐ?」
「やだよ!」
手を繋ぐのはさすがに恥ずかしいらしい。彼は小走りで、歩からわざと距離を取った。
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