100日間の落下傘 02

2/2
前へ
/131ページ
次へ
「恭ちゃん? どうしたの……」 「怪我は?」 「あ、肩を軽くぶつけただけ。軽い打撲」 実際、痛みははぼなかった。 軽症だとばかりに肩を回して見せると、神楽坂は目を閉じて、長い長いため息を吐いた。 そして、ベッドの柵に手をつき、脱力したようにもたれかかる。 「よかった……。歩が救急搬送されたって——周が、泣きながら電話かけてきたから……」 安堵したのか、語尾が震えている。 たまらなくなって、その腕をさすった。 「全然大丈夫だよ。なんか大袈裟なことになってごめん」 すると、痛めているほうの肩を庇うようにして、そっと抱きしめられた。 安堵からくる自然な行動だとはわかっていたが、それでも初めて彼からもらう抱擁に、動揺せずにはいられなかった。 恐る恐る、その背中に手を回した。 「周を庇ってくれたんだってね。本当にありがとう……」 彼から告げられた感謝の言葉は、想定内の苦みをもって体内に浸透した。 そのしくしくとした痛みに耐えながらも、歩は肯定の代わりに彼の背中を2度、叩いた。 「……周は?」 「元妻(ははおや)が迎えに来て、連れて帰った。彼女も直接、お礼を言いたそうだったけど、かえって君に気を遣わせそうだから————」 神楽坂は、備え付けのパイプ椅子に腰掛けて、あたりを見回した。 「ご両親とは連絡ついた?」 「まだ。パート中だろうから、勤務先に電話しないと——。大したことないし、あまり呼びたくないんだけど……」 探し出したスマートフォンを握りしめたまま躊躇していると、神楽坂は肯定するように何度か頷いた。 「とりあえず、電話してみて。出たら、途中で代わってもらってもいい?」 「うん……」 歩はしぶしぶ母親の勤務先に電話をかけた。 もともと些細なことでは動じない母であるが、救急車で運ばれたと告げた時はさすがに驚いたらしい。声を上げて絶句するという、彼女らしからぬ反応を見せた。 しかし、状況を説明するうちに落ち着いたようで、神楽坂に代わるときには、もうすっかり冷静だった。 彼はまず自分の息子の不注意で怪我をさせたことを詫びて、その後の流れ——加害者とのやりとりや、治療費の立て替えなどについて、病院側から聞いたことをひととおり説明してくれたようだった。 歩が解放された時には、神楽坂がひととおりの面倒事をすべて片付けてくれていたようで、もう何も気にしなくていいとだけ言ってくれた。 ——駐車場までの短い距離を、ふたりで歩いた。 久々に見る、神楽坂の背中。 大きな歩幅だが、こちらにペースを合わせながら歩いてくれている。 歩はもう、彼になにを求めているのか、自分でもわからなくなっていた。 なにをもってゴールなのか。 なにをすることが前進で、また、果たして前進することが正しいのか。 わからない。 わからなくなるほどにただやっぱり、彼が好きだと思った。 「お腹すいてない? ごはんでも食べて帰る?」 車のリモコンキーを押しながら、神楽坂が振り返った。 「俺、行きたいところがあるんだけど」 歩の提案に、彼はただ、優しい笑みを浮かべただけだった。
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!

798人が本棚に入れています
本棚に追加