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100日間の落下傘 03
ゆっくりと上昇し始めたとき、眼下にはブレーキランプの赤とライトの黄色が忙しなく行き交い、モールのように煌びやかなラインをつくっていた。
「夜だと、雰囲気が違うね」
歩は、呟きながら窓に触れぬようギリギリの距離まで近づき、反射する自身の影を消した。
——前回乗った時はまだ夕方であたりも明るかったから、これほどまでにネオンが強調されてはいなかった。
「歩と2回も観覧車に乗れるとは思ってなかったな」
窓から顔を離すと、反射する神楽坂と目が合った。彼は景色など見ていなかった。
「久々に恭ちゃんの顔見たら、なんか来たくなっちゃったんだ」
——病院を出た後、わざわざ高速に乗ってまでやってきたのは、いつぞやの遊園地。
あの観覧車にもう一度乗りたいというこちらのわがままに、神楽坂は付き合ってくれた。
ライトアップされたシティホテルの背の高さまで、ゴンドラが上昇する。遠方には、頭頂部がピンク色に発光したスカイツリーを確認した。
「俺のわがままに付き合ってくれて、ありがとね」
言いながら、ふたたび窓越しに神楽坂を見ると、彼は口を薄く開き、なにかを発しようとした。実際には発したのかもしれないが——ジェットコースターの轟音と悲鳴が、すべてをかき消してしまった。
待ってみたが、打ち消された言葉の続きが出ることはないようだ。
歩は、彼から視線をそらし、レールを滑走するコースターを目で追った。
——ジェットコースターみたいな恋愛だと、かつて親友に揶揄された。
そして今回もそうなのだと、自分でも思いかけていた。
歩は、右側から左側の窓へと、体の向きを変えた。
別の名称がつけられてはいるが、落下傘と呼ばれることの多い、あのアトラクションだ。
色とりどりの傘は、闇に覆われて色味を失っていた。じわじわと上昇しては、小間を膨らませながら、鈍いとも素早いともいえないスピードで下降している。
「パラシュート乗りたいの?」
歩の視線の先を辿ったのであろう、神楽坂が言った。
歩は首を左右に振って、上昇と下降をしばらく見つめたままでいた。
もう3カ月以上。
100日————
ひとつの傘が上昇しきるところまで見届けると、下降する前に視線を外した。
自分たちの揺られているゴンドラも、ちょうど頂上に達していた。
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