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「恭ちゃんさ、好きのゴールってなんだと思う?」
神楽坂は手を組み、やや窮屈そうに席に座ったまま、眉だけを微かに動かした。
「俺はさ、付き合うことだと思ってた。それが普通だって。だから、脈がないなら諦めなきゃいけないって」
神楽坂は俯き加減で、仕方なさそうに窓の外へと視線を投げた。
そのちょっとした仕草に、歩は一瞬怯みかけ、息を吸って一度吐き切ることで己を奮い立たせた。
「でも玄に言われた。歩は普通にこだわりすぎてるって。そう言われた時は、じゃあどうすればいいんだよって思ったけど——でも、なんか今はしっくりきてるんだよね」
神楽坂の目が不安定に泳ぐ。
そんな彼の揺らぎに胸を熱くしながらも——以前のように追い込みをかける気などなかった。
ドームスタジアムの屋根が間近に迫って、歩は一度、視線をずらした。
円状のそれを縁取っている青い光を、なにげなしに目で追うと、ふたたび息を吐き切ってから彼と向き合った。
「普通じゃなくてもいいんだって思ったら、なんか急に、楽になったんだ」
神楽坂と目が合った。
彼の視線はもう揺らぐことなく、こちらに注がれていた。
改めて見つめられると、歩のほうがたじろいでしまい、視線が揺らぎそうになった。
「じゃあ、どうするの?」
「どうもしないよ」
神楽坂は組んだ手を解き、頬杖をつきながら口元を隠した。
いくら目を凝らしてみても、彼のなかにある感情のいちばん奥にあるものは読み取れなかったが、焦燥が押し寄せることも、もうない。
「好き」
「歩————」
「恭ちゃん言ったじゃん。歩が自分で決めろって。だから決めた」
それ以降、言葉が続かなかった。
しかし、神楽坂の視線が揺らぐこともない。
妙な気まずさについ空笑いをしたが、ぎこちない雰囲気が崩れることはなかった。
「大丈夫だよ。恭ちゃんが俺の気持ちには応えられないってことぐらいわかってる。でも気持ちを簡単に失くすことはできないし、それだけは大目に見てよ」
やはり、神楽坂はなにも言わなかった。
沈黙のゴンドラは、ただただ揺れ続けた。
窓の外を見るともうだいぶ下降してきていることに気づく。
彼を困らせるつもりなどない。困らせたいがために言ったのではなかった。
乗降口が近づき、歩は早々に腰を上げた。
「あー、お腹すいたな」
できるだけ明るい口調で言ったが、やはり返事はない。
外ではスタッフがゴンドラの到着を待っている。
ドアが開くタイミングを見計らっていると、腕を引かれた。
神楽坂の指が、手首に絡みついていた。
「どうしたの?」
彼はなにも言わずに、歩をただ席に座るよう誘導した。
大人しく従ったあとも手首は掴まれたままだったが、深い意味だと捉えなかった。
ドアが開く前に立つと危ない、という警告なのかと思っていたのだ。
実際に、ドアが開くまでは。
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