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フラッシュ 02
運び屋みたいだなぁ。
荷物を受け取るだけでいいと言われた時、ヤクザものの青年漫画で読んだワンシーンが頭をよぎった。
バイトの内容は「撮影で使うウェアのサンプルを一点、手配し忘れてしまったから、代わりに取りにいってほしい」という、至極単純なものだった。
指定されたのは新宿にあるアパレルメーカーで、総合受付の前に立った時、係の女性にまじまじと見つめられて、歩は身が縮む思いだった。
担当者に神楽坂の名前を告げてから商品を受け取ると、すぐにその場から立ち去った。
地下鉄に逃げ込んだ途端に力が抜けてしまい、電車に揺られていたのはわずか10分程度だったにも関わらず、うとうとしてしまったほどだ。
紙袋を抱え、ふたたび神楽坂のいるオフィスに戻ったときには、すでに1時間が経過していた。
紙袋でネクタイとブレザーのエンブレムを隠すようにしながら、なんとかエレベーターホールまで進んだものの、立ち往生してしまった。
どうやら基によって止まる階が異なるらしい。
そもそも、マガジンホームは何階に入っているんだっけ————
名刺を取り出そうとバックパックをまさぐったものの、すぐには取り出せなかった。そのたびに商品サンプルの入った紙袋の持ち手が肩から外れそうになり、何度も背負い直す。
そんな動作をもたもたと繰り返していたら、そっと背中を叩かれた。
このビル内で親しみを込めて触れてくる相手はひとりしかいないから、歩は笑顔を繕ってから振り返った。
「……え?」
拍子抜けして、思わず声が出た。
背中に触れているのは神楽坂ではない、見知らぬ男だったからだ。
ワンテンポ遅れて、その風貌に息をのんだ。
窓など見当たらないのに、陽光の差す窓辺に立たされているのかと錯覚するぐらいに、光の帯が男の周りを縁取っていたからだ。
端的に言うと、顔が小さく、手足が長い。
人間というよりは、アンドロイド——いや、キラキラの塊。
いずれにせよ、無機物めいたその男を見つめていると、現実からどんどん浮遊していくような感覚が突き上げてきて、歩は声が出せなくなってしまった。
男はつまり、それほどに美しい造作をしていた。
「迷子?」
「いや……。え?」
「どこに行きたいの」
キラキラアンドロイドについた、ふたつの目らしきもの——錆色のガラス玉みたいなそれには、歩が「道に迷っている子ども」のように映っているらしい。
普段なら子ども扱いされることに多少なりとも抵抗を覚えるのだが、なぜか怒りはわいてこなかった。
そりゃまあ、平均年齢の高いこのオフィスビルの中にいたら、高校生の自分はまだほんの子どもだ。
それにしても、このキラキラアンドロイドはいったい何歳なのだろう。見た目は若いし、肌の張り具合も自分と大差ないように思える。
しかし、1億3000歳です、と言われたらそれはそれで頷けるような気もする————
くだらないことに思考を巡らせていると、キラキラアンドロイドは一定のリズムでゆっくりと瞬きをしながら首を傾げた。
ブライス人形のような厚みと束感のある睫毛は、ふとした瞬間にぽとりと落ちてしまうんじゃないかと、気が気じゃなかった。
「あ、マガジンホームの……」
慌てて口にすると、キラキラアンドロイドは歩の抱えている大きな紙袋を一瞥し、ぬっと近づいてきた。
いきなり二の腕を掴まれたことにもびっくりしたが、指の長さや肌のきめ細かさ、パンツから突き出たくるぶしまでが綺麗なことに驚いた。
素材のよさもあるが、それらは——完璧に手入れされた美しさだった。
「おんなじ。一緒に行こ」
慣れた足取りでエレベーターホールを進み、20階から25階までに止まるエレベーターの前まで来る。
歩は少し後ろを歩きながら、彼の起こした風によって漂う、このいい匂いはなんだろうと考えた。
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