ドラセナ 02

1/4
前へ
/131ページ
次へ

ドラセナ 02

太陽を浴びてつやつやと光る葉を撫でながら、歩はその陽だまりを少しばかり間借りして、あぐらをかいた。 無垢のフローリングはほのかに温かく、皮膚に心地よく張り付いた。 「ひなたぼっこしてんの?」 寝室から戻ってきた神楽坂は、隣りに腰を下ろすと、歩を押すようにして詰めてきた。 「ちょっと、俺も日向に入れてよ」 「狭いよー」 ドラセナと神楽坂の狭間は途端に窮屈なものになり、歩は膝を立てて座り直した。 「下に着るやつ、なんかあった?」 神楽坂はにっと笑った。 昨日借りたスウェットパンツは、ウエスト部分がゆるくてずり落ちてしまい、結局履かずに寝てしまった。 Tシャツに下着姿のままでいるのも間抜けなので、代わりになにか借りられないか頼んだところだった。 「ないの?」 彼の手元にはなにもない。 「いや、シャツ一枚のまま体育座りしてるのが可愛いからさ、貸すの惜しくなっちゃった」 借りたTシャツはもともとオーバーサイズで、彼よりも小柄な歩が着ると、太ももぐらいまでの丈になる。 脚のラインをなぞるような視線を感じて、妙に気恥ずかしくなり、体を丸めた。 「……変態おじさん」 「あー、言われちゃったー」 その言葉を待っていたといわんばかりにニコニコしている。 「昨日も、最中に余計なこと言わないように気をつけたんだけどな」 「余計なことって?」 「エッチなこと」 歩は鼻で笑って会話を中断し、窓越しに空を見上げた。 雲の動きが速い。 窓のふちから煙のようにさらさらと流れていき、あっというまに見切れる。 そのひとつの流れを見届けてから、隣の鉢に視線を移した。 「なんでこいつが窓の前にいるの?」 目覚めた時、神楽坂は先に起きていて、隣にはいなかった。 隣に並ぶ、枕の凹みを眺めながら——歩はしばらく、昨日の余韻を噛み締めていた。 数分後、リビングに向かうと、掃き出し窓のど真ん中に、このドラセナの鉢が鎮座していたのだった。 「今は寒いから中に入れてるけど、冬以外はベランダで育ててるんだ。たまにこうやって日光浴させてる」 「ふーん」 なにげなく葉を触っていたら、耳元でシャッター音がした。 振り返ると、神楽坂がスマートフォンをこちらに向けている。 「ちょっとやめてー。寝起きだからー」 寝癖ぐらい直してくればよかったと思っていたが、神楽坂は気にしていないようだ。 「ドラセナはね、幸福の木って呼ばれてるの。離婚して一人暮らしするときに自分で買ったんだ」 神楽坂はスマートフォンを操作してからこちらに画面を突き出してきた。 ドラセナの葉を触る無防備な姿が映っている。気の抜けた自分の表情を見るのは照れくさかった。 「ほら、幸福がふたつ並んでたから撮っちゃった」 「幸福?」 「そう。俺の幸福」 神楽坂が笑う。 陽の光にさらされた笑顔は、本当に幸福そのものに見えた。 歩は彼に向き合う形で膝の上に乗り、抱きついた。 陽だまりにいるせいか、皮膚がほのかに温かい。 「俺、恭ちゃんの幸福になれたの?」 「なったんじゃなくて、出会った時からそうだよ。枯れた不憫な失恋おじさんの元に突然降ってきた、かわいい幸福」 そんなふうに思ってくれていたとは思わなかった。 彼にとって、最初から自分は———— 「大事にしてくれる?」 「当たり前じゃない。水をたっぷりあげて、日向に置いて、隅々まで艶々にしてあげるよ」 歩は窓の外に一瞬目をやり、それからすぐに戻した。 「でも、ベランダには出さないでね」 神楽坂は声を出して笑って、それからキスをひとつくれた。 触れ合うだけのごく軽いものを繰り返した後、舌が滑り込んでくる。歩はそれに応えるだけで精一杯で、すっかり彼のペースに飲まれてしまった。 半ばとろけていた意識をふたたび目覚めさせたのは、キスの合間に発せられた、彼の一言だった。
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!

798人が本棚に入れています
本棚に追加